愚か者の微笑 [26/118]


「大谷さあん、」

ちょうど廊下を曲がるところだった大谷さんに後ろから声をかけ、近寄る。
大谷さんは輿をくるりと回転させてあたしに向き直り、「どうした」と表情を変えずに問いかけてきた。
ちょっと微笑むとかしたら可愛いのに、と内心思うが、そんな大谷さんは怖いだろうと気付き、苦笑。

「さっき毛利…さんから文が届いて、四国の件で伝えたいことがあるから文が届き次第すぐに来いって書かれてたんすけど」
「……さようか」

うっすら眉根を寄せた大谷さんの返事に、それは行ってきていいよって事なのだろうかと首を傾げる。
あたしとしては、これって行った方がいんすか、という意味合いでの問いかけだったんだけど。

「朱、ぬしは」
「…はい?」
「ぬしは……、いや、……まあよかろ。食われぬよう気をつけやれ」
「えぇ〜……。…わかりました」

歯切れの悪い大谷さんってのも珍しいなあ、と思いつつ、気をつけろって言ってくるって事は行ってこいって事なんだろう。
ぶっちゃけ面倒だしどうもあの毛利の扱いがわからんから嫌なのだけど、まあ、四国についてって言われたら行かざるを得ないし、仕方ない。

「特に用事も無いゆえ、暫くは帰ってこれぬでも問題はないぞ」
「大谷さんそんなにあたしといたくないんですか、泣きますよ」
「いやなに、われはぬしくらいの年頃の女子は外で遊びたかろうと思ったまでよ」
「はあ……残念ながら紫ちゃんのいない今、あたしは大谷さんと話したりご飯食べたりするのが一番楽しいんですよね」

大谷さんはどうか知らないけど。

んじゃまあ行ってきます、と手を振って大谷さんと別れ、あたしは必要最低限の荷物をとりに自分の部屋へ向かった。

「……そのようなことをわれに言う女子は、ぬしくらいよ」


――…


毛利からの手紙には、人払いをした自室で待ってるから自分のとこに出てこいよ、的な事が書かれていたので、それに従って脳裏に毛利の姿を思い浮かべる。
影送りについて、ある程度の詳細を毛利に話してたのは良いことだったのかそうじゃないのか。まあ、あまり人目につくのは好ましくないし、多分よかったんだと思う。

とぷん、と影に沈んで数秒後。引っ張り上げられる感覚には相変わらず慣れないなあと顔を顰めて、あたしは毛利の正面に出た。
窓のような空間からまっすぐに伸びた日光を背に浴びて、毛利が少しだけ目を見開き、すぐに細める。
……おーおー、優しい表情しおる。お前ほんとに毛利か。

「予想していたより少し遅かったな」
「はあ、それはどうもすみません。一応大谷さんに許可とりに行ってたんで」
「……貴様は大谷の所有物のようだな」

いやそれはどうだろう、と思いはしたけれど。
そういえばあたしを拾ったのは三成ではなく大谷さんだったらしいし、あたしの行動はだいたい大谷さんが決めてるし、困ったら大谷さんに頼ってるし、……あながち間違いじゃないのかもしれない。

「まあそんなもんですかね。で、四国の件についての話って?」
「……、それは後でも良かろう。着いてこい」
「えぇ……」

その用事で呼び出したの毛利のくせに……。

しかしあたしに拒否権はない。かたや一兵士、かたや国主となればそりゃあもう、従うしかありませんて。
さすがにそこまで無謀じゃないよ。

緩やかに立ち上がった毛利はあたしの横を通り過ぎ、すたすたと部屋を出て行く。
数瞬迷ってからあたしも大人しく彼の後を追い、まあまさかこの前の今でいきなり手ぇ出されるなんてことはないだろうと自分の思考と大谷さんの忠告を鼻で笑った。
だいたい、仮に閉じこめられるようなことがあっても、影送りがあればいつでも逃げられるし。まじあれ便利だわ。

「……んで、毛利さん、どこ行くんすか」
「貴様は黙って我の後を着いてくればよい」

このやろう。
静かに城の中を歩いていく毛利に、文句は言いたいけどおとなしくついていって早数分。
ほんとにどこに向かってんだ、と眉根を寄せていたら、城の外に出た。

庭めっちゃ綺麗だなあ、後で見させてもらおう。
そんなことを考えつつきょろきょろと周囲を眺め、まだ歩き続ける。

ようやく立ち止まった毛利に危うくぶつかりかけたとこで、自分が海辺に立っているのだと自覚した。
潮の匂いと、ひんやりとした風。太陽に反射してきらきらと輝く水面を見て、うわ海来るのすっごい久しぶりだ、写メ撮りたい、とほんの少し心が浮き足立つ。
あたしだからまだこの程度ですんだけど、もしこれが紫ちゃんだったら「泳ぎたい!!!」ってなってたかもしれない。泳げない人間でよかった。……良かったのか?

「……我は遙か昔に、この場で、長曾我部と出会った」
「、……そうなんですか?」
「あやつは数人の部下と共に、釣りをしていた。我は一人、ただなんとなくこの場にいたのだ」
「……、」

相対的だな……。
アニキは昔っから人に囲まれてて、毛利はぼっちで。っていう話か。無意識か意識してんのか、毛利はそれでアニキにコンプレックス持ってるんだろうし。
……しかしアニキ緑ルートは愉しかったなあ……。また3無印やりたい。

「あの男は、いけ好かぬ」
「あたしは割と好きですけどね」
「……貴様はあの男に会った事があるのか?」
「いや、無いですけど。まあ色々あって、一方的には知ってます」

頼もしくて、みんなを引っ張っていく力があって、強くて、あれだけの絡繰りを作り出すんだからきっと頭も良くて、たくさんの野郎共に囲まれて笑いながら宴会でもしてるのが似合う人。
そこまで言ったとこで毛利はひどく顔を顰めていて、それがなんだか笑えた。

「でも自分の過ちに気付かず誤った道を突き進んで、後悔することさえ出来ない、愚かな、かわいい人ですよ。あたしの知る限りでは」

くすりと、家康を討ち、そのまま三成と共に何も知らぬまま過ごしていく彼の姿を思い浮かべ、笑みを漏らす。
そんなあたしをなんとも言えない表情で見つめる毛利に、ころりと表情を変えて、微笑んだ。

「まあ愚かでかわいいって点では、他にも当てはまる人はいますけどね」
「……」

例えば三成とか、大谷さんとか、家康とか。

……毛利とか。

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