薄闇の会合 [17/118]


それから二日、朱と吉継は吉継の輿に乗って移動をし、三日目の宿から元就との会合場所である船上へ向かうための船着き場までは朱の影を使って移動した。
小さな港で小舟に乗り、沖で待っている毛利の水軍へと向かう。

とうとう生毛利が見れるのか……と朱はなんとも言えない気分になりながら、必死に船酔いと疲労感と戦っていた。


水軍へ辿り着き、中でも最も大きい船へ乗り移る。
毛利軍の兵に案内されるまま入ったのは行灯が二つ置かれただけの薄暗い室内で、元就は部屋の奥でじっと、現れた二人を半ば睨み付けるように見やった。
薄暗い部屋、柵のある窓、二つだけ向かい合わせに敷かれた座布団。座布団の間には申し訳程度のお茶と茶菓子が置かれている。
元就の向かいにある座布団に吉継が腰をおろし、朱は暫し迷ってから吉継の斜め後ろの位置に正座をした。
居辛え〜…、と心の中で何とも言えない笑みを浮かべてはいるが実際無表情である朱に、元就は一瞬だけ視線を投げ、すぐ逸らす。

「思ったより早い到着であったな」
「まあな、便の良い道を見つけたゆえ」

ヒヒッ、と吉継は朱を見やり、その視線に朱は肩をすくめてみせる。
元就はまた、そんな朱に視線を向けたが、何か言葉を発することはなかった。

その後は、朱には半分ほども理解出来ない会話が淡々と続く。
時に嫌味やからかいを混ぜ、しかしどうやら順調に、吉継と元就の密約は交わされていっているようだった。
朱はそんな二人の会話を話半分に聞き流しながら、外へと意識をやっている。

――話し合いが始まってるんだから、多分佐助と小太郎はもうこの辺りに来てるんだろう。まだ騒ぎが起きてないとこを見ると、佐助の到着はまだかもしれないけれど。……ていうか天井裏とかいたらどうしよう。

ちらと天井を見上げ、すぐに視線を戻す。
ゲーム準拠で物事進んでくれたら、わかりやすいんだけどなあ。朱はぼんやりそう考えて、また意識を外へ集中させた。

「して大谷、その忍は何なのだ」

が、すぐに朱の意識は元就の言葉へと移る。

「……、え?」
「ヒヒヒッ、毛利よ、これは忍では無いぞ」

吉継が訂正をしてはくれたものの、朱はやっぱり忍に見えるのか、と自分の装束を見下ろす。
確かにどことなく忍っぽいとは思っていたけれど、そんなに忍ぶつもりがある格好では無いのになとまで考え、すぐに微妙な顔を浮かべた。この世界の名のある忍はだいたい皆、忍ぶつもりなんてさらさら無い格好だったからだ。

「朱」
「え?…あ、はい」

吉継に名を呼ばれ、朱は佇まいを正し元就へ身体を向ける。

「石田軍でお世話になってる朱と申します。忍ではなく、どちらかと言えば兵の方です。以後お見知りおきを」
「ふむ……、」

これでいいのだろうかと脳内で首を傾げる朱をしげしげと眺め、元就は「まあよいわ」と軽く頷いた。
そんな元就の態度を見、吉継は喉を引きつらせて笑う。

「朱はわれが大層気に入っている子猫でな、あまりいじめてくれるなよ」
「フン、貴様の手駒に興味など無いわ」
「そうも言ってくれるな。これはわれらの策の役に立つやもしれぬぞ?」

まじかよ!?の顔を向ける朱に、吉継はまた笑いを漏らす。
あまり派手な事は出来ないと思うんですけど、とは言いたいが、言えなかった。

そしてまた二人の話は続く。
徳川、伊達の事。自軍の状況。今後、為すべき事は何か。
まずは西に存在し、しかし徳川の友である長曾我部をどうにかすべきでは。その前に九州を統一しておくべきでは。海神の巫女はどうするか。
そんな話を静かに聞き、どこで口を挟むべきか、朱はタイミングを計っていた。
そして吉継と元就が、暗の官兵衛を用い長曾我部の居ぬ間に四国を攻めてはどうか、との案を出したとき、朱は意を決して口を開く。

「ごめん大谷さん、ちょっと」
「……どうした?」
「四国……ア…えーと長曾我部さんの件なんすけど、」

これ多分ほんとに一介の兵士が言ったらめっちゃふざけんなって感じの台詞になるよなあ、と半ば遠い目をする。
けれどこれは官兵衛の為であり、延いては朱自身と紫の為に、必要な言葉だと。
怪訝そうな二人の視線に辟易しつつ、朱は言葉を紡いだ。

「四国攻め、官兵衛殿では無く、あたしと紫ちゃんに任せてはもらえませんか」

宙にぽんと投げ出された言葉に、少なからず吉継は驚き目を丸くする。
対して元就は鋭い双眸を更に細め、朱を見つめた。
朱はそんな二人の視線を受け止めて、ぐっと腹に力を入れる。

「あたしも紫ちゃんも、まだ何の力にもなってません。どうすれば役に立つのか、どう使うのが一番良いか、その四国攻めで見定めて頂きたい。また戦ではなく、奇襲ならば、あたし達にもやりようがあります」

元就は紫の存在を知らないが、恐らく朱と似たような立場の者なのだろうと当たりをつけ、朱の言葉をじっくりと飲み込んだ。
目の前に座る女がロクに戦えるとも、ましてや人を殺せるなどともまったく思えない。
どこかまだあどけなく、無防備にも見える、背丈の低いただの女だ。多少見目は良いようだが。
このような場で見るより、町中の甘味処ででも見かけた方がよほどしっくりくるだろう。
そんな女が、長曾我部不在とは言え四国に奇襲をかけるなど、出来ようはずもない。

くだらぬと元就は一蹴しようとした。
が、それは吉継の言葉に遮られる。

「四国攻めには長曾我部の軍だけでなく、罪のない民も殺さねばならぬのだが。それをぬしらは出来るのか?」
「……出来る、と思います」

口では何とでも言える。そう言ってやろうとしたが、元就は朱の表情を目に、口を噤んだ。

「だって、あたしにその人たちは関係無いし」

元就は静かに笑みを浮かべる朱の姿に、ぞくりとした何かを感じた。
人を殺してみせると口にしているのに、浮かべている笑みはとてものどかなもので。けれどその目が実質、まったく笑んでない事に気付き、また、ぞくりとした。
元就には、この感覚をどう言い表せばいいのか、分かることができない。

「、貴様……朱と言ったか」
「はい」
「貴様は、人を殺めた事があるのか」
「……はい」

淡々とした声で、朱は答える。目を細め、口角をゆるく上げて。

漠然と、元就は思った。
これが欲しいと、そう、何故か。そう思ったのだ。

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