おやすみの前に [15/118]


はてさて、時は経ってあたしと大谷さんは今晩の宿へと辿り着いていた。
もちろん大谷さんとあたしは別室。隣だけど。

食事も湯浴みも終え、今日は一日中歩きっぱなしで死ぬほど疲れた。早く寝よう。
そう思って布団に足を突っ込んだところで、あたしは用事を思い出してしまった。

――やばい、大谷さんに影の事話すの忘れてた。

影に関しては、今後戦に出れば黙っていてもいずれバレる事だし、隠す必要はない。
だいたいあたしに策を練るような頭は無いんだから、使えるモノは大谷さんに伝えておくべきだろう。その上で大谷さんは、きっとうまくあたしを使ってくれる。
それに、あたしはもう、舗装されてない道をあまり歩きたくはない。

「……は〜…、めんどいけど行くか……」

ひんやりとしていた布団から抜け出し、羽織を肩にかけて部屋を出る。
寒々しい廊下を数歩進んで、障子の前に膝をつき、二度目の溜息のあと口を開いた。

「大谷さん、ちょっと良いですか?報告したい事がひとつあるんですけど」
「……入りやれ」

返答を聞き、そっと障子を開く。
失礼しますと中に入ってみれば、大谷さんは文机に向かって何かをしていたようだった。
後ろ手に障子を閉めて、二、三歩、大谷さんに近寄る。

「して、報告したい事とは?」
「えーと……言葉じゃいまいち説明しづらいんすけど……、あたしの能力について?」
「ほう?話してみよ」

大谷さんは身体ごとあたしに向き直り、口角を上げる。

室内はゆらゆらと揺れる蝋燭の明かりがあるものの、少し薄暗い。
けれど大谷さんの影と、あたしの影はしっかりと畳の上に伸びていて。
それらをちろりと眺めながら、どう話したものかと言葉を探した。

「昨日の晩にわかったばっかなんですけど、」

どうやら影の中を移動出来るらしい事。
それはだいたい、あたしの望んだ場所に出られるらしい事。
影が無ければ移動は出来ない、っぽい事。

あたしだけしか移動出来ないのか、それとも複数人でも移動出来るのかはわからない事。
北から南まで一気に移動出来るのか、それとも移動距離には制限があるのかはわからない事。
移動の出来る影とは物体が光を遮断した結果できる暗い部分を指すのか、それとも暗い場所…闇そのものを指すのかはわからない事。

思いつく限りの全てを話し終え、「……というわけなんですが」と締めくくれば大谷さんはそれはそれは愉しそうに笑みを浮かべてらっしゃった。
……蝋燭に照らされてものっそい怖い。そんな大谷さんも好きだけども。

「……その影の中を移動するというのは、どのような感覚なのか」
「はあ、なんか……墨色の水の中に浮かんでる感じっすかね。出る時は引っ張り上げられる感じです」
「ふむ。……しかし便利よなァ、その力があれば今すぐに徳川を亡き者にすることも容易い」
「……さすがに今のあたしが家康を殺せる自信はありませんよ」

にしても万一そんなことをやったとして、家康はそん時のあたしにも「まずは感謝を!」とか言うんだろうか。……言わないだろうなあ。
なんか間者使うのとか好きじゃないみたいなこと、三成がゲームで言ってたし。
いやまあ命令されてもそんな無謀な事しませんけどね?

「でもまだわかんないことも多いです。複数人で移動出来るなら進軍とか、他国に比べて有利になるなあと思ったんすけど。まずそれが出来たら、すぐに大谷さんと毛利んとこ行けますしね」
「そうよなァ、ぬしに合わせてのんびり景色を楽しむ必要も無くなるなァ」
「うわあ超嫌味」

いっきし、と小さく出てしまったくしゃみの後、鼻をすすって、どうしますかと大谷さんに問いかける。
なんなら今試させてくれてもいいんですよ?、の意で。
大谷さんはそれを汲み取ってくれたのか、ヒヒヒッと引きつり笑いを溢しながら、あたしにもう少し近寄るよう手招いた。可愛いなその仕草。

そして次の瞬間、ふっと蝋燭の火が消える。
月明かりの届かない部屋は真っ暗闇になり、目の前にいるはずの大谷さんですら、うっすらとも見えなくなった。

「これで、ぬしのその影の力とやらでわれとぬしが移動できれば、疑問は全て消えよう?」
「あ、そっすね。いきなり蝋燭消えたからホラー展開かと思いましたわ」

とりあえず触れておいた方がわかりやすい、と手探りで大谷さんに触れようとする。
が、目の前にいるはずなのになかなか当たらない。
暫く無言で手を動かしていたけれど、大谷さんの声も、呼吸音も聞こえなくて、姿も見えなくて、だんだん不安になってきた。
……え、大谷さんいるよね?マジでホラーじゃないよねこれ?

「……、」

ちょっと泣きそうになってきた頃、ようやく人の温もりに触れた。比喩ではなく。
布地の向こうにうっすら感じる体温に安堵して、恐らく膝の辺りだろうその場所から辿るように大谷さんの手を掴めば、彼はまた喉を引きつらせて笑った。
今までの笑い方とは、ちょっとだけ毛色の違うものだった。

「ぬしはまっこと、無防備よな」
「え、いきなり殺すとかは勘弁してくださいよ」

あたしが掴んでいた手を逆に掴まれて、ちょっぴり身を引く。
少しずつ暗闇に慣れてきた目が大谷さんを捉えた。
大谷さんの表情は、ただただ、不気味な笑顔だ。

「夜中にわれの部屋に来て「一緒に寝てくれ」と言うわ、何の躊躇いもなくわれの部屋に入るかと思えば意識もせず近寄ってくる。まるでぬしは何も知らぬ憐れな子猫よ」
「……はあ、」

何を突然、とも思ったが、……そうか。言われてみればそうだな。
大谷さんも男だもんなあ、なんかあんまり意識してなかった。
そう言われると、あたしの行動は確かに無防備にも見えるわなあ。
まあそんなん言われたとこで、大谷さんだし、としかあたしは言えないのだけど。ていうか子猫とかはまじ勘弁したってください。なんか恥ずかしい。

「誰彼構わずそのような態度では、襲われても文句は言えぬぞ?」
「そうですねえ、まあ、善処します」

「でも大谷さん、夜中にあたしが尋ねてもテンションあがんなかったですよね」と言えば「てんしょん、?」と疑問符で返され、それに更に「ニュアンスで察してくださいよ」と思わずまた英語もどきを使ってしまえば怪訝な顔をされた。
大谷さん、月影戦で佐助が来たときはちょっとテンション上がってたのに。ちょっと複雑だよ。

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