ふじいろに染まる [13/118]


「紫様、三成様がお呼びです」

城仕えの女中の声で目を覚ました紫は、なるべく急いで身支度を調えると三成の部屋へ向かった。
紫の隣にある朱の部屋に人の気配が無かったこと、そして辿り着いた三成の部屋に吉継がいなかったことから、二人は既に安芸へ向かったのだろうと察する。
それをこの部屋の主である三成は、「また刑部が何か企てている」程度にしか認識していないのだが。

三成の部屋には婆娑羅屋の店主、望の姿があった。
そして傍らに置かれている、大きな風呂敷。

座るよう指示され二人の向かいに正座をした紫は、二人の内どちらかが口を開くのを待った。

「……朱殿には今朝方、有也がお渡ししたんですが」

最初に口火を切ったのは望の方だった。
前置きと簡単な説明を聞いて、もう服と武器できあがったのか、と紫は心中で驚きつつ風呂敷へ視線を向ける。
望は静かに風呂敷を紫の手前へ移動させ、「どうぞ」と笑みを貼り付けた。

「……、」
「開けてみろ」
「、はい」

折り重なっている布を、ゆっくりと開いていく。
ぴったりとした革のような素材で出来たハイネックTシャツのような物、腕当て、腹部をぐるりと包む鎧のような物、プリーツキュロット、飾りっ気も無くヒールも高くないニーハイブーツがまず目に入った。全ての色が黒だ。
そして淡い白藤色に、紫紺のラインが入った着物。ややくすんだ桃色の帯紐に、桜の帯飾り。茜色の布は、髪紐だろうか。

これどうやって着ればいいんだろう、と紫は暫し呆然としながらそれらを眺める。
しかし着物にばかり目がいっていた紫とは違い、三成は一本の簪に目を留めていた。

「その簪は何だ」

三成の声に、僅かな苛立ちが滲んでいるのを聞き取って、紫が表情を曇らせる。
対して望はからからと笑い、簪を手に取った。

金属で出来た二本足の簪には、桜の形を模したガラス細工のような物をメインにした飾りと、茜色の紐がついている。
望がかざすそれを、綺麗だなあとぼんやり眺め、でも何で簪?と紫は首を傾げた。
武器にしては、些か可愛らしすぎる気がする。不意打ちでなら、使えなくも無いだろうけれど。

「紫殿、これを手に」
「えっはい」
「昨日言いましたよね、紫殿は変わった属性をお持ちのようだと。……この一晩で心当たりは?」
「え、いえ……まったく」

紫の答えに、「まあ朱殿と違って寝てる時に暴発するようなモンではありませんしね」と望は肩をすくめてみせる。
望の発言はとても気になったが、それより今はこの簪だと紫は手の中にあるそれを、くまなく眺めた。
が、どれだけ眺めようと、それはただの簪にしか見えない。

「あの、もしかしてこれが私の武器なんですか」
「もちろんです」
「……貴様は馬鹿にしているのか?こんなものを持った女を、戦に出せる訳がない」

どう説明したもんか、望は訝しげな二人を眺め、しかし言おうとした言葉は飲み込んだ。

「俺にはそれを渡してああしろこうしろと言う権利はありません。時が経てば自ずと使い方はわかりましょう」

紫は簪を見つめる。
簪での戦い方は、まあ、浮かばないでもないが……実践的では無いだろう。
さっきも考えたが不意打ちならまだしも、誰しもが警戒している戦場でなら、こんなものを使うより刀を使った方が、よほどマシな気がする。
けれど婆娑羅屋の人が作ったのなら、ちゃんと、武器としての使い道があるのかもしれない。

じっと簪を見つめている紫を目に、望は言うべきか言わざるべきか、少し悩んだ言葉を結局は口にする事にした。
肩を持つわけではないが、放っておくには忍びない。

「紫殿、なるべく早く、あなたはご自身の属性に気が付くべきかと思います」
「……、え?」
「そうでなければ、紫殿のそばにいる人……恐らく朱殿が、傷付く事になりかねませんよ」

望の忠告に噛み付いたのは三成であったが、望はそれを慣れたようにかわしてその場を後にした。
仕事を終えたらとっとと帰る、というのが婆娑羅屋の望の信条である。
蛇足だが有也はその頃、城仕えの女中相手にナンパのようなものをしていた。

残された紫と三成は、黙り込んでいた。
紫はじっと簪を持つ自分の手を見下ろし、三成はそんな紫を見つめている。

――私の属性のせいで、朱ちゃんが傷付く?何で。

考えはしても、紫を取り巻く闇色のもやはふわふわと漂うばかりで、答えを教えてくれるつもりも、ヒントを与えるつもりもなさそうだった。

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