去り逝き、遺す [113/118]


「――…三成、朱はどうした?何処に行った」

大谷さんの問いに、三成は答えない。沈黙している。
その目がゆっくりと家康の死体に向けられて、止まった。
大谷さんと官兵衛は、三成が答えないもんだから黙っているしかない。

(にしても朱ちゃん、死体、佐助に持ってかれたけどいいの?)
(いいのも何もどうすることも出来ないし……つーか死体って言うのやめようや)
(朱ちゃんだって「紫ちゃんの死体」って言ってたじゃん)
(幽霊って心まで読めるの!?)

ほとんどいつも通りみたいなテンションで話すあたしと紫ちゃんの声は、彼らには聞こえていない。姿も見えていない。
だってあたしも紫ちゃんも死んだんだから、当然だ。

死んだのに何でこんなとこに残ってるんだろう。それはあたしにはわからない。
自分たちのやったことを見届けろって、そういうことなのかもしれない。ならこれは罰なのか。それとも誰かからのお情けなのか。


「……朱、」

三成の唇が、あたしの名前を紡ぐ。
紫ちゃんの名前を呼んだ時みたく、愛しさなんてものは含まれてない。でも、哀しそうな声だった。震えるような声音だった。

「朱の身体は、真田の忍が持って行った」
「……さようか」

目を伏せた大谷さんの口元から、ぎり、と歯を食いしばる音が聞こえる。
それが嬉しいような申し訳ないような気持ちにさせて、あたしは佐助の去っていった方に視線を向けながら肩をすくめた。

本当にあいつ、あたしの身体を持ってってどうするつもりなんだろう。ホルマリン漬けに出来るわけでもあるまいし。
趣味悪いにも程があると思う。
まあ、気持ちは……わからなくもないけど。

「あれは、朱の心が最期まで私のものだったのだから、身体くらいは貰ってもいいだろうと、そう言ったのだ。それは、どういう意味だ」

(三成って鈍ちんだよね)
(紫ちゃんハッキリ言いすぎ)

恐らく大谷さんに問いかけたんだろう。三成の言葉に、大谷さんは暫し戸惑ったように視線を巡らせる。
そうして数秒の迷いのあと、溜息混じりに呟いた。

「朱はずうっとぬしを慕っておった。それだけの話よ」

……そう、それだけの話だ。
どんなに歪んでても、淀んでても、あたしは確かに三成が好きだった。ずっとずっと、今ここにいる三成に出会う前から。何を言われても、何をされても、三成のことが好きだった。
今だって、こんなにも。

「私はあの女に、何かをしたことも、言ったこともない」
「それを言うならば三成も紫に何かをして貰ったわけではなかろ」
「そう、だが……それは、」

再び、沈黙が落ちる。

(てか何でこの人ら、こんな死体だらけの場所で恋バナしてんの)
(空気読まないねえ朱ちゃん……)
(だってどうせ紫ちゃんしか聞いてないし……)

あたしのことなんかにかまけてる暇は無いはずだ。まだ残党だっているかもしんないし、後処理なんかいくらでも残ってるだろう。
なのに大谷さんと三成は、あたしの話を続けていく。
三成があたしの想いに納得するまでは、まだ当分時間がかかりそうだった。

(官兵衛居辛いだろうね)
(……そうだね)

大谷さんと三成から少し離れたところで、鉄球に腰掛ける官兵衛を見やり、紫ちゃんは眉尻を下げる。

(朱ちゃんも、私と同じ死に方だったね)
(見てたんだ?)
(割と近くで)

ふうん、と鼻を鳴らす。
今度はあたしと紫ちゃんが沈黙してしまって、妙に気まずかった。

二人して、好きな人を庇って死んだ。それが自己満足に過ぎないことも、勿論二人ともわかってた。
だけどその瞬間のあたしと紫ちゃんには、その道しか見えてなかった。

あたしの命と、三成の命。
紫ちゃんの命と、官兵衛の命。
それらを天秤にかけて、あたしと紫ちゃんは、神様は、三成と官兵衛を生かす方を選んだんだ。今だってその選択に間違いは無いと思ってる。

(官兵衛さん、泣いてたんだ)
(……うん)
(涙は出てないんだけど、…何て言えばいいのかな、わかんないんだけど、泣いてるように見えた。私の死体を抱き締めて、血で汚れちゃうのに、ずっと謝ってた)

うん、ともう一度頷く。

(朱ちゃんと一緒。私だって、官兵衛さんを庇ったのが間違いだなんて思ってない。大好きな官兵衛さんを守って、生かすことが出来たんだから、こんなに幸せな死に方は無いと思う)
(そうだね)
(でも、ね。いっこだけ、後悔した)

ゆっくりと、地面を滑るように紫ちゃんが歩きだす。
視線を宙に投げている官兵衛の隣に立って、その手首を、枷のつけられたままの手首を、そうっと撫でた。

(官兵衛さんの枷、……外せなかった)

外せなかったどころか、きっと私は、もっと重たい枷を官兵衛さんにつけてしまった。私の命を背負わせてしまった。

紫ちゃんは唇を噛みながら、俯いて、官兵衛の隣で両膝を地面についた。
嗚咽が聞こえる。静かな泣き声の合間に、「ごめんなさい」と謝罪の言葉が聞こえて、あたしはゆるく微笑んだ。

(ごめんなさい、ごめんなさい官兵衛さん。私はあなたの枷を外すことが出来なかった。ごめんなさい、大好き、ごめんなさい)

その声が、官兵衛に届けばいいのにと思う。
だけどやっぱり、届くことはない。聞こえることもない。そんな奇跡が起こるような世界に、きっとあたし達は居ないんだ。


「行くぞ、暗よ。ほれ三成、ぬしも立て」
「解ったよ」
「……ああ」

未だに泣いている紫ちゃんに気が付くことなく、官兵衛は立ち上がり、紫ちゃんに背を向ける。
紫ちゃんは顔を上げずに、そのまま地面と見つめ合っていた。

三成と大谷さんも背中を向けて、おそらく西軍本陣へと向かうのだろう。
予想していたよりは遙かに良好な状態の三成。あたしがいなくなったからって泣くわけでも怒るわけでもない大谷さん。
紫ちゃんは後悔していたけど、あたしはその現状に安堵していた。

あたしがいなくなっても、この世界は何も変わらない。

(……紫ちゃん、あたし達も行こう)
(行く、って……どこに?)

涙を拭った紫ちゃんが、あたしを見上げる。
どこに?と問われて、答えに迷った。あたしだって、これからどうすればいいのかなんて何もわかっちゃいない。でも、いつまでも此処にいたって意味無いだろう。

(わかんないけど、大谷さん達も行っちゃったし、)
(……そ、だね)

ふらふらとした足取りで歩きだした紫ちゃんを追おうとして、ふと立ち止まる。
振り向けば、そこには倒れたままの家康の姿が見えた。刀傷にまみれて、紫ちゃんの死体ほどじゃないけど目も当てられない状態。
それに近寄って、しゃがみ、瞼の閉じられた目と目を合わせた。

(あたしの名前、結局教える機会無かったっすね、家康さん)

声をかけたところで、返事があるわけでもない。
幽霊みたいな身体になりはしたけれど、あたしと紫ちゃん以外の幽霊らしき存在は見えないのだし。

(こんなの冥土のみやげにもなんないですけど……、あたしは朱です。夢の中ではお世話になりました。あの日のお茶代もありがとうございました。
 ……おやすみなさい、家康さん)

(朱ちゃん何で着いてきてないの!?いないからびっくりした!)
(ごめんごめん、今行く)

立ち上がり、やっぱり地面を滑るみたいに歩いていく。
どこからか「おやすみ」と、優しい声が聞こえた気がした。

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