負いかけっこ [10/118]


墨色の水の中に沈んでいくような感覚の後、すぐに身体が上の方に強く引っ張られた。
また、黒いもやの中から跳び出るようにして、視界に映る景色が変わる。

あたしは、さっきまで寝ていた部屋に戻ってきていた。
燭台の上で燃える裸火に照らされて、あたしの影が真っ直ぐ、布団の上に伸びている。
影、……影、か。

もしかしたら、影の中を自由に移動出来るみたいな、そんなチートな能力なのかもしれない。
どこまでの範囲を移動出来るのかはわからないし、あたししか移動出来ないのか、複数でも移動出来るのか、望んだ場所に行けるのかはまだわからないけど。
だったらもう一回、試してみよう。

「その前におにぎりと……包帯でも用意するか」

寝間着の上に鞄の中から引っ張り出したパーカーを羽織り、あたしは部屋を出た。


――…


米炊いてあって良かった、明日あたしと大谷さんが出掛けるからかな。ちょっと拝借しちゃったけどおにぎり二つ分くらいだしまあ良いでしょう。
ダメだったら仕方ない。諦めてばっくれる。
あとは包帯と傷薬?傷薬ってどこ行ったら手に入るんだろう。この城ってお医者さんとか常駐してんのかな。城ならいそうな気がする。

ぺたぺたと廊下を歩きながら、ぼんやり考える。
多分、夜勤的な存在の兵士さんいるだろうし、その人探し出して訊いてみよう。
そう決めて、角を曲がった時だった。

「何をしている」
「っ!、」

突然の背後からの声に、びくりと肩を跳ねさせる。
聞き覚えのある低音に心臓が震えて、眉尻が下がった。
ナンテコッタイ。こんな時に会わなくても良かろうに。

「……三成様、こんばんは」
「聞こえなかったか?私は何をしている、と訊いたのだ」
「、見てわかりませんか?お腹がすいたので夜食ですよ」
「……それは本当か?」

睨め付けられて、肩をすくめる。
どうも初期から三成のあたしへの態度悪いなあとは思っていたけど、どうやら本当に疑われているというか、嫌われているらしい。
紫ちゃんが可愛く見えすぎて反比例でもしてんだろうか。せつねえなそれ。

「あたしは嘘なんて吐きませんよ?」

まあもう二つも嘘ついてんだけど。

「私は貴様を信じてなどいない」
「へえ、それは何でですか」
「貴様は嘘を吐く人間だ。見れば分かる」
「さようで。でもとりあえず今のあたしはお腹すいてるし早く寝たいんで、今日はここで失礼しますね」

三つ目の嘘を軽く吐き、一礼をして三成に背を向ける。
視線がびっしびっし背中を突き刺してくるのを感じながら、思い至って、くるりと振り向いた。
少しだけ、三成が瞠目する。

「三成様も少しは眠らないと、身体壊しますよ?あたしも大谷さんも、紫ちゃんだって心配です」
「黙れ、貴様には関係ない。……どうせその心配とやらも、嘘だろう」

返ってきた言葉に、そっと微笑う。

「何が嘘で何がホントかくらい、見抜けないでよく今まで生きてこられましたね」

満面の笑みを浮かべて、左足を半歩下げる。
よーし逃げる準備すっぞー。

「貴様ァ……ッ、そんなに斬られたいか!」
「んじゃおやすみなさい三成様ー!」

左足を軸にくるりと回転して、颯爽と走り出す。
三成の足の速さはあれだけ三成を使ってたんだから充分に理解している。生半可な覚悟じゃ逃げられない事も。
でもだってちょっと苛ついちゃったんだもん!と心の中で誰にするでもなくかわいこぶりながら言い訳をして、全力でとにかく走った。
角を曲がり、一瞬三成の視界から消えたとこで、走りながら一生懸命黒いもやに念じる。

ウオオオ医者のとこまで行かせてくれー!
心の中で絶叫した瞬間、あたしは近くの部屋から漏れていた明かりで出来た影の中に、とけ込んだ。

「っ……あの女、一体、……」

三成にはぎりぎりバレてないことを祈りながら。

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