The end of the war. [112/118]


※死亡/流血等


西軍から離反した小早川軍。それとほぼ同時に関ヶ原の地に立った朱と紫。
二人は走り出し、しかし行く手を鶴姫と雑賀孫市に阻まれる。朱と鶴姫、紫と孫市とに別れての戦いは、さほど苦戦もせず朱と紫に軍配が上がった。己は騙されていたのか、それともただ本当に朱は優しい人間だったのか、解らぬままの鶴姫と対峙した朱。そして四国攻めの真実を突きつけられ、紫の行動は官兵衛をも滅ぼすことになると孫市に告げられた紫。複雑な胸中とならざるを得ない戦いだった。

二つの遺体を残し再び先へと進みだした朱と紫は、離反した小早川秀秋、そして天海に対面する。
紫は対尼子晴久時のように、嬉々として天海戦に臨む。
対して朱は、怯え逃げ回る秀秋になんとも言い難い気持ちになりながらの戦いだった。西軍を離反し、朱と紫の二人と対峙しようとも、紫とはまだ友だちであると言い遺した秀秋を黄泉へと送り、朱は未だ続く紫と天海を観戦しはじめる。
存外気が合ったのか、紫と天海の戦いは両者ともが愉しそうにしていた。しかし、愉しい時間ほどあっさり終わってしまうものである。
黒田・石田両軍が関ヶ原に辿り着いたことを察知した朱は、二人の戦いに口を挟む。結果、手傷を負いはしたものの紫が天海に勝利した。

黒田・石田両軍の到着を受け、朱は一旦西軍本陣へ。紫は官兵衛の敵を少しでも減らすために、先へと進む。
それが二人の、永遠の別れとなることも知らずに。


先へ進んだ紫を待ち受けていたのは、関ヶ原の戦い以前に偶然出会っていた伊達政宗だった。そして暫く後に、政宗の腹心である片倉小十郎までもが参戦してしまう。
紫は浮毒、強心毒を用いなんとか接戦に持ち込むが、決定的なダメージは与えられていなかった。
そうこうしている内に官兵衛が追いついてしまい、状況は二対二、しかし現状大した傷を負っていない官兵衛がいる分紫と官兵衛に勝機があるように思える。
……と、紫は思っていた。
二対二となって数分後、紫の使っていた強心毒が多大な疲労感のみを残して消え去ってしまう。その隙を政宗が見逃すはずもなく、紫に与えられた傷にも構わず、紫にとどめを刺すため走り出した。そして、直ぐに官兵衛は紫の窮地に気が付いた。
結果。紫を庇おうとした官兵衛を庇い、紫は無惨に六爪で切り裂かれ、命を落とす。

紫に影人形を憑けていた朱はすぐさま異変に気が付き、影送りで官兵衛と紫の元へと向かった。そして政宗と小十郎の隙をつき、官兵衛と紫を連れて西軍本陣へと戻る。
既に息絶えていた紫に辺りは沈黙する。誰よりも早く我に返り、激昂したのは三成だった。三成は怒りにまかせ官兵衛へと刀を向けるが、しかし、朱がそれを遮る。
紫が命を賭してまで守った男を死なせるわけにはいかない。それは、紫の想いをも死なせることになる。その一心で三成に刃向かった朱に、吉継の助け船もあって三成は刀を納めた。

そして、三成は本陣を抜け、東軍大将である徳川家康の元まで走り出す。
暫しの間を置いて、朱も吉継に別れを告げてから後を追った。紫に言いたいことは幾つもあったが、何を言ったところでもう紫がそれを聞いてくれることはないんだと、胸の中にどろりとしたものを燻らせながら。

西軍に残された官兵衛と吉継、そして紫の遺体。
紫を見ながら、二人は思い思いに己の思考に耽る。暫く経ち、吉継の「哀れよなァ」との一言を受け、官兵衛は更に紫へと思いを馳せた。
しかし、紫の隠し事について知っている吉継の、官兵衛に気付かせたいのか、ただ憐れんでいるだけなのか、はたまた紫を想ってのことなのかはわからない言葉に、官兵衛は声を荒げる。「紫は何を隠してた?」「教えろ」と。
のらりくらりと官兵衛の叫びを聞き流しながらも、結局、吉継は紫の隠し事を官兵衛へと告げた。
怒るだろうとも思った。しかしそれが吉継なりの、紫への弔いだった。


政宗、小十郎の残る陣へと辿り着いた朱は、既に戦いを始めていた三成を強制的に先へ行かせ、竜を冠する二人に立ち向かう。
その胸中はひどく濁り、怒りと恨み、そして矛盾に塗れていた。
拮抗するかと思えた状況は、しかしあっさりと朱の勝利で終わる。
この世界で唯一、己と同じ境遇である友人の紫を殺された朱が、正攻法で政宗と小十郎に向かう筈もない。影人形で操った政宗に小十郎を殺させ、そのまま為す術の無い政宗の心臓を一突きにした。
悪役になろうが、外道と言われようが、それが朱の決めた道だった。


伊達主従の遺体を並べ、先へと走り出した朱を今度は長曾我部元親が迎える。
全ての事実を孫市から聞かされていた元親は、朱に怒りを向けつつも、朱をも掬い上げようとした。吉継と元就の傀儡となっていた朱ならば、救えるかもしれないと思っていた。
しかし、朱はそれを突っぱねて悪役に徹する。今更ここですくわれたところで、何の意味も無いと知っていたからだ。
好き勝手に歩んできたのだからと、朱は自己満足でしかない罰を受けるつもりでいた。……元親を、己の手で殺すことで。
とは言え、元親・長曾我部軍兵士・暁丸と揃っているこの場では多勢に無勢、これまでさしたる傷を負ってこなかった朱も、とうとう窮地に陥る。が、颯爽と現れ朱を救ったのは、元親と長年の因縁を持つ元就だった。

元親と元就は言葉を交わし、次第に元就が冷静さを失っていく。それに気付きつつも朱は暁丸の相手に手間取り、何も出来はしなかった。何かを出来るとも思っていなかった。
しかし援軍にきた石田軍兵士に背を押されるようにして、朱は元親と元就の間に割って入る。
元親に、元就が死んだ後に元就を思い出す人間は一人も居ない、そう断言された元就。しかし朱はあっけらかんとした表情で、「毛利さんが死のうが生きようが、あたしは毛利さんのこと忘れたりしませんよ」と口にした。それが元就の、初めて報われた瞬間だとは知らずに、淡々と事実のみを述べた。

朱の言葉を受けて冷静さを取り戻した元就は、改めて元親と対峙する。直後、朱は元親の四縛によって網の中に囚われてしまったが。
二人の戦いを見守りながらも、朱は石田軍兵士の手を借りなんとか網から抜け出し、窮地に陥った元就の加勢に入る。
重傷を負った元就をそのまま戦わせ続けるわけにはいかず、朱は元就を下がらせ元親の相手をしようとした。しかし元就はそれを是とせず。結局、朱は元就の傷に止血のみを行い、身を引いて全てを任せることとした。
結果、辛くも元就は元親に勝利し、瀕死の身で朱に告げる。
「朱が死んでいようが、生きていようが、……我は貴様を片時も忘れはせぬ」と。


元就のことは毛利軍に任せ、朱は石田軍の兵と共に更に奥へと走り出した。
道中、本多忠勝に道を阻まれる三成と合流するが、兵の三分の二ほどが三成に追従、朱は三人の兵と残って忠勝の相手をすることとなる。
忠勝との戦いは容易なものではなく、何度刀を向けようと、それが忠勝にとって傷手となっているのかすら定かではない。それでも攻撃を続けていた朱達を、忠勝の砲撃が襲った。
どう逃げるべきか考えあぐねていた朱を庇い立て、兵の一人……渡邉藜という男が、命を落とす。
朱と紫は己の光であったと、朱の生は三成の生に繋がると言葉を遺して。
それは朱の心に重い何かを残した。だが、ここで立ち止まるわけにはいかない。藜に手を合わせ、改めて兵を指揮し朱は忠勝へと向かおうとする。
その瞬間に、飛行形態となっていた忠勝を地に落としたのは、関ヶ原へと到着していた真田軍の一人……猿飛佐助だった。

佐助と共闘し、東軍本陣へ向かいすがら朱は忠勝に少しずつ損傷を与えていく。
しかし忠勝の思わぬ反撃にて、朱の右腕がねじ切れた。落としてしまった腕と傘に、多量の出血、そして今まで感じたことのない激痛。
それでも忠勝を追わなければと考える朱に、佐助が激昂し、腕の手当を始めた。無論、その間に忠勝は先へと進んでしまっている。

朱の手当をしながら、佐助は何故朱がそこまで必死になれるのかを問うた。
どんなに進んだって報われることはない。朱の生き方の先には、歩む道の先には、何も無い。そう朱だって解っているはずなのに。
佐助の問いに、朱は歌うような声音で答えた。

縋れる場所はそこしかなかった。理由にできるものはそれしかなかった。何もまともに見えてないのに、自分をまともに見られるはずがない。紫の存在によってぎりぎりで持てていた自覚も、紫を喪ったことによって消え失せた。……その上で、縋っている、理由にしている三成までも喪ったら?

それを朱は想像しない。出来ない。したくない。
紫も三成も居ない世界。そんな場所に、朱の生きる意味も理由も無いのだから。


話と手当を終えた二人は、忠勝の後を追う。
そうすれば東軍本陣へと辿り着き、そこでは既に家康と三成が戦いを始めていた。それを見守る忠勝と交戦し、両者ともに多大な手傷を負いながら――なんとか忠勝を停止させる。
暫く後に、家康と三成との戦いにも終止符が打たれた。

崩れ落ちる家康。立ち竦む三成。
……西軍の勝利という形で、関ヶ原は終幕を迎える。

しかし、主の死に直面し、忠勝が最期の力で槍を投げた。真っ直ぐに定められた狙いは、主の仇である石田三成。
誰よりも早く地を蹴り、手を伸ばし、三成と槍との間に割り込んだのは、朱だった。
忠勝の槍によってその腹には大穴があき、朱は満足そうに地に伏せる。
朱の名前を叫び、忠勝にとどめをさした佐助も。朱に庇われた三成も、ろくに動くことはできなかった。

自己満足で一杯の朱を三成は見下ろす。
そんな三成に朱は、音にならない別れの言葉を唇だけで紡いで、瞼を下ろした。
「朱」、と。初めて呼ばれた三成の声を、聴くことも無いまま。


呆然とする三成を前に、佐助は朱の遺体を抱え上げて去ろうとする。三成には、それを止めることすらままならない。
ようやく本陣に辿り着いた元就も、非情な現実を見据え、関ヶ原の地に背を向けた。

朱が憑けていた影人形が消えたことにより、恐らく朱が死したのだろうことを察していた吉継も、三成の残る本陣へと到着する。
しかしそこに朱の遺体は無く。
ただ茫然自失としている三成と、抜け殻となった家康と忠勝、数多の兵が残るのみ。


関ヶ原の戦いは全て終わった。
しかし、そこには勝利の感慨などは存在せず、ただただ、虚しさばかりが揺蕩っていた。

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