左様ならば。 [111/118]


※死亡表現有


立ち竦む三成の正面で崩れ落ちていく家康。三成は血脂に塗れた己の刀と、家康とをゆっくり見つめ、自分の手が震えるのを感じた。
家康が死んでいく。自分の手で、いえやすが。

呆然としているままの三成に、朱は何も出来なかった。そうなるとわかっていて、今まで何もしなかったのだから。
だからこの場でも、何をするつもりも無かった。三成の両膝が地につき、家康の襟首を掴んで、「起きろ、起きろ家康」と震える声を絞っていようとも。「起きて、もう一度私に殺されろ」と三成自身ですら理解していない感情に突き動かされていようとも。
それが三成の望んだ道なんだ。それが、あたしが繋ぎたかった三成の道だ。
ただ真っ直ぐ三成を見つめる朱を、なんとも言えない表情で佐助は見ていた。

「――……!!」

自体が一変したのは、ほんの一瞬の後だった。


最期の力を振り絞り再起動した忠勝の手から放たれた槍は、一直線に三成へと向かっていく。それにいち早く気が付いた朱が、槍と三成の間に飛び出た。

「朱ちゃんッ――!!」

三成の虚ろな両眼に、槍に貫かれ、血に塗れながらも、安堵の笑みを浮かべる朱の姿が映った。

朱の名前を叫びながらも、朱を救うためではなく忠勝の息の根を止めるために佐助は素早く動いていた。
佐助の手裏剣によって、今度こそ忠勝は動かなくなる。それをちらとも見ず、すぐさま佐助は朱に駆け寄ろうとした。

しかし、佐助の足がそれ以上動くことはなかった。

「……何をしている」

三成が、地に伏す朱の傍らに立っていたからだ。

「何を、している」
「……死にかけてます」

蚊の鳴くような声で、朱は答える。その声音は心なしか、満足そうに聞こえた。
事実、朱は満足に近いものを得ていた。三成の為に生き、三成の為に死ねる。これ以上の自己満足があるだろうか。……浮かぶのは、自嘲の笑みだ。

「もうすぐ、大谷さんが来ます。戦、は、終わったんですから……ちゃんと日ノ本の主として……生きて、くださいね、三成…様」
「何を…言って、」
「みつなり……、さま、」


「――さようなら」


別れの言葉は音にならず、にこりと微笑んで、朱の両眼がゆっくりと閉じられた。
最期に三成へと伸ばされた左手は、力無く地面に落ちている。その様をぼんやりと眺め、見つめ、三成の唇が微かに動いた。

「……朱、」

この世に朱が現れて、初めて、三成は朱の名を口にした。小さな一言を皮切りに、何度も、何度も呟く。朱の名を。

しかしそれが朱に届くことは、無い。


何度も朱の名を呼び、「貴様は私を裏切らないのではなかったのか」「また私を裏切るのか」と恨みにも似た言葉を浴びせる三成を暫く眺めていた佐助が、項の辺りを軽く掻きながら歩き始めた。
三成と朱の元へと、ゆっくり。
そして二人を見下げ、何をするかと思えば徐に朱の死体を抱え上げる。予想だにしていなかった行動に、三成は反射的に顔を上げ、佐助を睨み付けた。

「貴様ッ何を……」
「いいじゃん、これくらい」
「、……?」

あまりにも冷たい声が出たことに、佐助は心の中でひっそりと自嘲する。

「朱ちゃんの心は最期までアンタのモンだった。なら、身体くらい俺が貰ってっても、いいでしょ」

ねえ?と、佐助は歪んだ笑みを浮かべる。そうだよね、朱ちゃん、いいよね。返事をするはずもない朱にそう問いかけて、佐助は朱の頬に頬を擦り寄せた。
暫し呆然としてしまった三成にさっさと背を向け、佐助は歩き始める。
その視線の先に、瀕死の身体をおして朱を追ってきた元就の姿が映って、佐助は更に笑みを深めた。

「……朱、」

元就が目を見開きながら、佐助に抱かれる朱を見つめる。右腕をなくし、胴体に穴の開いたそれを、朱だと認めたくない気持ちでいっぱいになりながら。
しかしその顔は、姿は、どう足掻いても朱でしかなかった。

「毛利の旦那になら、朱ちゃんの腕くらいあげてもいいけど……いる?」

何時の間に拾っていたのか、忠勝に落とされた朱の右腕を掲げて、佐助がへらりと嘲笑う。
返答をすることもなく、元就はただじっと、朱の閉じられた両眼を見つめていた。もうあの瞳と視線を絡ませられることも無いと、知っていても、解っていても、目を離すことはできなかった。
数秒の沈黙。どろりとしたものが渦巻く胸中に、元就は目を伏せ……背を向けた。

「――いらぬ。我が欲したのは、そのようなモノではない」
「あらら、朱ちゃんかわいそー。毛利さんはぐちゃぐちゃになった朱ちゃんはいらないんだって」
「勘違いするな、下衆が」

最後に元就は、横目で朱と……そして三成とを見やった。
この場をどうするつもりも無い。朱がいないのなら、死んでしまったのならば、もうこの場に用はない。

「魂の無い抜け殻など、傍に置いても無意味であろう」
「……ま、考え方は人それぞれってね」

元就がその場を去り、佐助も影の中へと…朱を抱いたまま消えていく。
茫然自失となっていた三成がようやく我に返ったのは、その場に吉継が現れてからだった。

朱が憑けたはずの影人形が消え失せ、嫌な予感ほど当たるものだと唇を噛んでいた吉継。この世界で紫に次いで誰よりも朱の傍にいた男は、死体となった朱とすら、再会することは出来なかった。

吉継に着いてこさせられていた官兵衛も、大凡の事態を把握して肩をすくめる。


そうして、関ヶ原は終幕を迎えた。
誰一人口を開かず、鬱屈とした気持ちばかりが蔓延する中で。


そんな彼らを、朱と紫はただじっと、何を言うでもなく眺めていた。

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