お別れの幕引き [110/118]


朱と佐助が忠勝にようやく追いついたのは、もう東軍本陣の手前だった。
僅かに首を伸ばせば、互いの意志を吐き出しながら戦う東西軍大将の姿が見える。まだ決着がついていないことに安堵し、朱は改めて忠勝と向き合った。
忠勝も現状、家康と三成の戦いに割って入るつもりはないらしく、朱と佐助の排除に努めようと槍を構える。

利き腕を失ったことで、使い慣れていない左手で傘を持つ朱は圧倒的に不利だった。しかし朱の隣には佐助が立っている。
朱にとってそれは安心材料のひとつだった。今だって佐助のしでかした事を許してはいない、許せるはずもない。だけど、戦場では信頼して動くと言ったのは自分だ。朱は、戦場での佐助が頼れる相手だと理解していた。

「あたしはあんま役しないだろうから、フォローに回るわ。もうそんな効かないかもだけど、多少動きを止めるくらいは出来るだろうし」

そう佐助に耳打ちし、影踏みで忠勝の動きを止めるため朱は右腕から発される痛みを無視して地面を蹴る。
そんな朱を見送って、ふぉろーという言葉の意味を少し考えながら佐助は後頭部を軽く掻いた。

「つまり、俺様任せってわけね……」
「頼りにしてるよ、真田の忍さん」

へらと笑う朱の横顔に、どうにも力が抜ける。彼女はここが戦場だと解っているのか、解ってんだろうなあ。なんとも言えない溜息を吐き出して、佐助も地を蹴った。

「好きな子にそう言われちゃ、頑張るしか無いじゃんねえ」

誰に言うでもなくぼやき、朱が忠勝の動きを止めた瞬間を狙って二つの大手裏剣で斬りかかる。
これまでの道で相当のダメージを蓄積させていた忠勝は、己の身体が限界のすぐ直前まで来ていることを察していた。しかしここで、朱と佐助を先に進ませるわけにはいかない。
家康と三成との戦いを邪魔させるわけにも、家康を失うわけにもいかないのだ。

故に忠勝は止まり続けなかった。
意地だけで朱の影踏みを振り払い、佐助に槍を向けながら突進していく。

「うおあっぶね」

ぎりぎりのところでかわした佐助は、振り払われた際に地面に転がった朱を助け起こし、再び忠勝の後を追う。
右腕を、血を失い、幾度もの影送りや影踏みによって疲労した朱の身体は、もうまともに朱の言うことを聞きはしない。
それでも朱は歩みを止めなかった。止められるはずがなかった。

「三成、様……、」
「、……」

目の前に、守らなくてはいけない人がいるのだから。


――…


東軍本陣には、家康、三成、朱、佐助、忠勝の五人が揃っていた。
石田徳川両軍の兵士たちも数人残ってはいるが、家康と三成、朱と佐助と忠勝の戦いが激しく、そこに介入することは出来ない。
忠勝と朱が追いついて尚、家康と三成の戦いが止まることはなかった。家康は朱の姿を見、刹那その双眸を大きく見開きはしたが。

「朱ちゃん、後ろ!」
「わかってる!」

忠勝の支援兵器を辛うじて避け、影を踏みながら、影に潜りながら朱は慣れない左手で忠勝を追いつめていく。
手傷の多さでは朱と佐助の方が遙かに上であるはずなのに、なぜか忠勝は押されていた。自分がもうすぐ動けなくなると、わかってしまう。
しかし忠勝は槍を振るうことをやめなかった。朱と佐助も、忠勝への攻撃を緩めることはない。

どちらかが折れるまで、ただ己の意地を押し通す。
互いの大切なもののために、ひたすら。

「――!……、!?」

先に膝をついたのは、忠勝だった。まだ動けるはず、動かなければならないのに、なのに、忠勝の身体がそれ以上動くことはない。
完全に停止した忠勝の姿を目にし、朱はようやく息をついた。影の鳥で宙を飛んでいた佐助が、肩で息をする朱の隣に降りてくる。

「大丈夫……な、わけないか」
「……佐助もね」

あの本多忠勝の相手をしていたのだから、佐助だって無傷であるはずがない。
朱のように腕一本持っていかれた、なんてことは無いが、その身体は己の血で塗れていた。「朱ちゃんほどじゃないよ」と、佐助は目尻を下げて笑う。

「――……、」

忠勝から距離を取り、朱と佐助は三成・家康へと視線を向ける。

「家康ゥウウ!!」
「三成ィィイ!!」

粗方のとこは語り尽くしたのだろう。二人は互いの名を叫び、拳と刀をぶつけ合っていた。
二人共が奥歯を食い縛りながらの戦いは、見ている方まで苦しくなる。朱はいつかに見た夢を思い出しながら、食い入るようにその戦いを見守っていた。

「助けに行かないの」
「アンタは、幸村と伊達が戦ってるとこに割って入れんの?」

それを自分が言うのはどうかと思ったが、佐助はただ「……無理だね」とそっと返すだけだった。


それから数十分に及ぶ三成と家康の戦いは、じわじわと縄をねじ切っていくかのように、ゆっくりと終幕へと向かう。
少しずつ、少しずつ縄は千切れていき……――そして。

「……三、成……っ、」
はは、と小さな笑い声が、異様に静かなこの場に響く。
「――ワシの、負け……か」

縄は完全に、二つに裂けた。

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