空白を見限る [108/118]


「大丈夫?怪我無い?」
「見ての通りっすよ」
「まあそりゃ本多忠勝相手じゃ傷も負うよねえ」

あたしのすぐ真横に降りてきた……佐助は、へらへらと笑ってあたしの脇腹の傷辺りを撫でる。痛えよバカと思いっきり顔に出せば、その表情が一瞬冷たくなった。

「せっかく綺麗な肌だったのに」

そうして小さくぼやく。その声音が異常に冷め切っていて、背筋がぞくりとした。
これ、そこそこキレてますか佐助さん。顔怖いですよ。

しかし、いつの間にやら真田軍も到着していたのか。
の割には……周囲を見渡しても幸村の姿が見えない。大将ほっぽって何してんだコイツと思いながら佐助に視線を向ければ、冷えたままの瞳と目が合った。

「大将なら独眼竜と右目の旦那んとこだよ。アレ、殺したの朱ちゃんでしょ」
「……、」
「朱ちゃんにしては、らしからぬ殺し方したみたいだね」
「……そう?」

逆にあたしらしい殺し方って何だよ、と思う。

思いながら、そんな状況でもないのに幸村へと思いを馳せてしまった。
幸村と伊達の関係は、ゲームでよく知っている。理想だけを言うのなら、瀬戸内と同じく蒼紅にもそこ間だけで決着をつけて欲しかった。そうあるべきだと思っていた。
だけど伊達は、紫ちゃんを殺しちゃったから。
……幸村は、六爪に貫かれた小十郎の死体を視て、胸を一突きにされた伊達の死体を視て、一体どう思っただろう。あたしのことを恨んだだろうか。

だとしても、仕方ない。

「それより、忠勝の相手ですよ。もしかして佐助に任せていい感じ?」
「いやいやまさか!さすがの俺様でもアレの相手を一人ですんのは無理だって」
「まあ……ですよねー」

体勢を立て直した忠勝が、こちらへと突進してくる。
あたしを抱きかかえた佐助がそれを軽くかわして、あたしを下ろしてから大きな手裏剣を構えた。あたしも吹っ飛んでいた傘をようやく見つけて拾い、構える。

「朱ちゃんと共闘できるとか興奮する」
「悪趣味……」

忠勝はこっちに向かって砲撃を二、三発かまし、なぜかくるりと背を向けて進みだす。
三成の後を追っているのだとすぐに気が付いて、その背を急いで追った。

三成はきっと、既に家康の元に辿り着いている。
あたしは「三成に傷を負ってほしくない、生きていてほしい」と願っている癖に、家康と三成の間に割って入るつもりは無かった。そりゃ、目の前で三成が死にかけたら……助けてしまうだろうけれど。
三成には生きて欲しい。だけど、三成の意志を無い物として扱ってまで、生き存えさせるのは…何か違う気がする。

それでも脳裏には、家康に勝利して、ますます幽鬼のようになってしまった三成の姿が過ぎってしまうのだけど。


忠勝を追って走り出したとき、藜さんの遺体が視界の隅に映った。視線を向けて、目を伏せて、もう一度、今度はしっかりとその姿を網膜に焼き付ける。
現実で視たことも無い、出来れば今後一生視たくないような、凄惨な姿。
だけどあれは、あたしの所為で……あたしの為に、そうなった、そうしてくれた姿だ。
あたしは藜さんのことを、他の犠牲になってしまった兵たちのことを、忘れちゃいけない。

そんなあたしの視線を追って、佐助がちらりと彼を見やる。
そして、口角を少し上げた。目の端で捕らえてしまったそれを、訝しげに見上げる。

「馬鹿だよねえ、あんなことしなくたって、朱ちゃんなら避けれただろうに」
「、見てたの?」
「助けには入れないくらいの距離だったけどね。ほら俺様、目が良いから」

藜さんの遺体を通り過ぎ、走りながらの会話。
何を言うべきかほんの少しだけ悩んで、佐助を睨め上げた。

「それでも、それがあの人の精一杯だったんだよ。それを佐助が馬鹿にするのは、おかしいと思う」
「……だけどあんなの、ただ自分の命を朱ちゃんに押しつけただけじゃん?」
「そういうの全部背負って生きるのが武将なんじゃないの」

不服そうに、佐助は唇を尖らせる。不服そうっていうか、「気に食わないなあ」と実際口にした。
その気持ちを察せなくはないが、やっぱり彼を馬鹿にされるのは、あたしだって気にくわない。

「朱ちゃんがそんなのいちいち背負ってたら、すぐ潰れちゃうと思うよ」

ぽつりと呟いてあたしを見下げた視線は、思いの外哀しそうな、憐れむようなものだった。言葉に詰まって、とりあえず軽く笑い飛ばしておく。


不意に、この世界に来たばかりの頃を思いだした。
石田軍に拾われて、昔のキッチン慣れないなあなんて思いながら料理をしたり、紫ちゃんとゆるく楽しく話したり、大谷さんとお茶をしたり、三成に手合わせをしてもらったり。
あの頃の自分と、今の自分とを比べてみる。

「――こんなにおかしくなってんだし、とっくに潰れてんだろうね」

何も解ってないまま、今いる場所に縋って、自分の考えさえも統一できない。

佐助は、返事をしなかった。

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