ひとつの末路 [107/118]


死亡/流血


忠勝の相手をするのは、難しいけれどあたしの能力を考えればさほど問題では無いように思えた。
ここまできて体力を温存する必要もない。忠勝を下せば、残るは家康のみなのだし。
だけど、何度影人形に言い伝えても、忠勝を操ることは出来なかった。憑けることは出来る。だけど、影絵芝居が発動しない。
今まで、こんな頻繁に使わなかったから知らなかったけど……どうやら使用回数に制限があったらしい。そりゃあんなチート能力、制限があって当然だよなあとは思う。

思うけど、何も今この瞬間、限界にならなくたっていいだろうに。


とは言え、操れなくても動きを止めることは出来る。影踏みも長時間は出来ないけれど、それでも動きを止められるってのは大きなアドバンテージだ。
忠勝の動きを止めている間に、効いてるのかいまいちわからない攻撃を続けていく。単調な、まるで仕事のような行動。
相手がほとんど機械みたいな存在だからか、何度か影踏みも振り払われてしまう。それでも何度も影を踏んで、動きを止める。

あたし一人なら動きを止めなくても、どうにか立ち回れるかもしれない。
でもこの場にいる兵たちの安全を考えると、やっぱりこうするしかない。こうした方がいい。


効いているのか効いていないのかわからない攻撃も、何度も繰り返していれば効いてくるらしい。忠勝の動きが次第に遅くなっていく。
なるべく鎧と鎧の間の脆そうなところを狙ってたのが功を奏したのか、はたまた塵も積もればなんとやらなのか、そこまではわからない。攻撃が効いているという事実だけが分かればそれでいい。

後退し、あたし達から距離をとった忠勝が片膝をつく。そして両肩の砲台がこちらを向いた。
避ける暇が無かったので慌てて傘を開き、一発目を受け止める。

「う、っわ……ッ」

傘に傷はつかなかったものの、あまりの威力に数メートル吹っ飛ばされた。えぐい、ありえない。さすがに怖い。
あんなん直撃したら、確実に死ぬ。

辺りはどんどん暗くなってきて、陣内に灯された篝火だけが赤々と視界を照らす。
忠勝の姿は闇に隠れやすくて、一瞬でも目を離したら、姿を追えなくなりかねない。……そして、目を離してしまったのが、ついさっきだった。

「朱様ッ、上です!」

傘という格好の壁であたし達の視界から消えた忠勝は、即座に飛行形態へと変化し、空中からあたし達を狙っていた。忠勝の周囲を飛ぶ支援兵器があたし達を攻撃してくる。忠勝自身も、砲台を下へと向けている。

あ、これ、やばいやつ。

そう思った次の瞬間、周囲は爆風に包まれ、鼓膜が破れそうなほどの爆撃音が響いた。


所詮手に持ってただけの傘なんて、呆気なく吹っ飛んでいってしまった。
右の脇腹を支援兵器に抉られ、砲撃によってあちこちに裂傷も負った。痛いしか考えられなくなった頃に、また、忠勝は攻撃を続けようとする。

「やばい」と「痛い」しか頭に浮かばない。こんな時にどう動くのが一番かなんて、あたしにはわからない。傘はどこいったかわかんないし、このままじゃここに残ってくれた三人の兵まで死なせてしまう。
どうすれば、どうしたら。そう考えてる間にも、砲撃はこっちへと向かってくる。

とにかく一旦、全員つれて影の中に潜るのが一番だと気付いて、実行しようとした瞬間。
ドンッ、と強く、身体を押された。

「……っえ、」
「朱様、どうか生きてください」

直後、再び爆撃音。
目の前に落ちたそれは、彼を、彼の半身を、消し飛ばした。

「あ、……ぁ」

喉の奥が震える。今まで何百人もの死体を見てきた。自分の手で殺しもした。だけどこんな、こんなのは見たことなかった。
アニメや、漫画の世界でしか、見たことがなかった。

上半身だけになった身体が僅かに動く。顔があたしへと向けられる。
こんな、こんな状態なのに、その顔は微笑んでいた。

「朱、さまは、仰いました……よ、ね」

――「貴方達が、此処が己の死に場所なのだと思ったなら、逃げずに突き進んでください。その上であたし達は、貴方達を、三成様の兵を死なせはしない。此処はまだ、貴方達の命を使う場所じゃない。貴方達の命は、こんな場所で、あたし達のために散らしていいものではない。死ぬのなら、三成様の為に、もっと先の戦で死んでください。あたし達だけじゃなく、三成様はその死を無駄にはしないはずだから」

途切れ途切れの言葉は、確かにあたしが雑賀荘で口にしたものだった。
それがどうした、何で今この場で、よく覚えてたななんて、どうでもいい言葉が脳裏を掠める。だって、あなたは今こんなにも、死にそうなのに。

「私の死に場所は、此処です。私は、朱様を生かすために、朱様の道を…途切れさせない為に、この場にいたのです。朱様の生は、三成様の、生へと……きっと、繋がりま、す、だから…どうか、いつまでも、朱様は……生きて、

 朱様と…紫様は、私の、光……です」


最後の方は、ほとんど聞き取れなかった。
だけど、石田軍の兵士が、こんな……命を賭けてまで、あたしや紫ちゃんを思ってくれているなんて、考えもしなかった。
慕ってはくれていても、それは三成や大谷さんの手前そうするしかないからだろうと思ってた。だって、あんな、ぽっと出の人間を、誰が信頼するんだと。

なのに、彼は自分の命をなげうってまで、あたしを助けた。
あたしが三成の道を途切れさせないようにするのと同じように、紫ちゃんが官兵衛の道の障害を取り除こうとしたのと同じように。

「……この人の、名前って」

なのにあたしは、この兵士の、ここにいる兵士達の、名前すら覚えようともしなかった。

「藜、……渡邉藜です」
「あかざ、さん」

渡邉、藜。あたしを慕って、あたしの道を、途切れないようにしてくれた人。あたしが進む道を、守ってくれた人。

「……ありがとう」

手を合わせ、立ち上がる。彼が繋いでくれた命を無駄にしないように。藜さんが言うように、あたしの生が三成の生へと続くことを信じて。

「あたしが影送りで援護します。まずは――」

未だ飛行形態のままの忠勝を見据え、残った二人の兵に指示を出す。
そうして行動に移ろうとしたところで……忠勝の頭上に、何かが現れた。

あれ、は。

「――あっれー、朱ちゃんじゃーん!」
「……ああ、」

それは空中で踵落としのような動作をし、忠勝を地へと突き落とした。

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