宵闇の邂逅 [9/118]


婆娑羅屋さんは戦にはまったく関わらず、戦況にも興味のない人らしい。
ただ気に入った婆娑羅者の武器や鎧を作る事だけを仕事にしていて、どうやら料金設定も無いそうだ。出来た物に見合った値段を、作ってもらった側は払うらしいけど。
それが十両だろうが百万両だろうが、彼らは何も言わず受け取るらしい。
英語というかカタカナ言葉というか、そんなんも使うし、どちらかというとあたしや紫ちゃんと同じ時代の人みたいだ。

そう思いつつその日は解散し、明日毛利んとこへ行く計画を大谷さんと話したり(二人っきりだってよワッショーイ)、料理人さん達に料理のレシピを訊かれたり、紫ちゃんとのんびり過ごしたり、鍛錬したりで過ごした。

事が起きたのは、あたしが湯浴みを終えてさて寝るかと布団に入って一時間後。
ようやく寝入った、直後だった。


――…


「……寒っ」

しっかり布団を被ったはずなのに、妙に寒くて目を覚ます。
そして思わず、「……は……?」とややキレつつも驚愕の混ざった声を漏らして、あたしは身体を起こした。

周りを立派な木々に囲まれていた。
寝転がっていた場所が地面だったせいで、寝間着や髪のあちこちに土や草がついている。
……あたしが寝ていたのは、ちゃんと、室内だったと思うんだけど。

「何……ワープ?」

何で?誰がどうやって?何の目的で?
寝てたんだから武器なんて持ってるわけもなく、しかも裸足で薄布一枚羽織っただけ的な格好だ。寒くないわけがないし、無防備にも程がある。
戦国時代の森ん中って、獣とかいるのかな。熊出たらどうしよう、死んだふりって意味あるんだっけ。目を逸らさずにじりじり逃げるとか絶対無理なんですが。
混乱しきった頭でぐるぐる考えても、役に立つような事はまったく浮かばない。

仮に誰かがあたしを拉致ったとしよう。目的とかはまあ置いといて。
でも、周囲に人の気配は無い。
攫っておいて放置かますとかまったくもって意味が分からない。
つまり拉致説は、ナシだ。

んじゃ何?他に何がある?ダイナミック夢遊病?
でも歩いて来たにしては足裏が汚れてないし、寝てた時そのまんまの格好で場所だけ変わったみたいだ。
えっもしかしてまた別の世界にトリップしたとかそういうのは無いよね?

悶々と考えても、何も浮かばない。
何であたしはこんな森の中にいなきゃいけないんだろう、眠いのに。だんだん苛ついてきた。
つーか大谷さんに「日の出と共に出立するゆえ、早に起きやれ」とか言われてたのに。
日の出って四時か五時じゃん。今多分十一時くらいじゃん。五時間も眠れないじゃん……っ!
顔を覆って泣きそうになる。

不意に、がさがさっ、と近くの木が揺れた。
身体がびっくう!と震える。熊だけはまじで勘弁してください、なんて考えている内に、何か重くて柔らかい物が、地面に落ちる音が聞こえてきた。
……なんか落ちた、のか?

怖々としつつ、ゆっくり近寄ってみる。
月の光しか無い真夜中で、不審な物音、しかも山だか森だかの中。ホラーだなあ……やだなあ……。
紫ちゃんが一緒にいてくれたら、あの子めっちゃ叫ぶだろうからあたしは冷静でいられるのに……一人だとさすがにこええっすよ紫ちゃん……今まで君が怖がってる時に隣で大笑いしててごめんね……。でもこれからもします。

「、お……わあお」

見つけた、音の正体。
それを見て思わず目を丸くしてしまった。完全に今アホ面だ。

「……、」
「大丈夫?って、大丈夫じゃないから落ちたのか」

目の前に、傷だらけの忍がいた。
しかもこいつはタダの忍じゃない。かの伝説の忍である。
バサラやってて知らない人はさすがにいないだろうと思う。
あの、風魔小太郎が、目の前に倒れていた。正確には木にもたれてるから、上半身は起きてるんだけども。

表情は見えないけど、多分警戒してんだろう。
片手に持った武器をあたしに向けている。傷の所為かその腕は少し震えているけど。
しかしあの小太郎にこんな怪我負わせるとか一体どこの誰なんだ……。いやこの子防御力はまあ……うん……(察し)って感じだけど。

「危害は加えんっすよ。つーか武器持ってないから攻撃できないし。その傷だと腕あげんのもだるいんじゃない?おろせば?」
「、……」

暫しの睨みあいっこの後、小太郎は武器をしまった。
小さく息を吐いて、木に背中を預ける。

「……今夜はその状態で回復を待つの?」

じっくり十秒ほど経って、ありゃ無視かと思った頃、こくんと頷くのが見えた。

ふうん、と返してから少し考える。
本当におにぎりで回復すんなら、城に戻っておにぎりくらい持ってきてあげてもいいんだけどな、小太郎好きだし。
ああでも此処が城からどれだけ離れてんのかわかんないや……ここどこなんだ……。
帰り方もわかんない上に、小太郎を放っておくのも忍びない。忍だけに。
……ツッコミいないって切ないなあ。

「ここってどこだかわかる?」

なんとなく、訊いてみる。
返答が無いことに、そういやこの子喋んないんだっけかと思い出して、近くにあった木の枝を拾った。
幸いにも今日は満月みたいだから、周囲はよく見える。木々に囲まれてはいるから、場所にもよるけど。

木の枝で簡単に日本地図を書き、途中で「あっ北海道ないんだったわ」と呟いて北海道を消してから、「この地図のだいたいどこら辺かわかる?」と聞き直す。
あたしと、地面に書かれた地図とを見て、小太郎は地図の真ん中、少し西寄りを指さした。
じゃあ、大阪からはさほど離れてないのか。良かった。
面倒だけど、どうにかすれば歩いて帰れない事もない、だろう。多分。裸足だけど。

「ええと……君はどこに行くの?それとも帰る途中?」

この質問には、首を振る。

「それは答えられないって意味?」

頷いた。
……意外と意志の疎通できてるな。

「あたしも帰りたいんだけどねえ、何でここ来ちゃったのかもどうやって帰ればいいのかもわかんないんだよねえ」

はあぁ、と溜息をつけば、言ってる意味がイマイチわからなかったのか小太郎は首を傾げた。かわいいなおい。
「まあ困ってるって事ですよ」と空笑いをすれば、拙い手つきで小袋を差し出された。
怪我してんのに無理すんなよと思いつつそれを、受け取る。

「……開けても?」

頷かれたので、小袋……というか巾着袋の紐をほどき、中を覗いた。
ちょっと驚いて、中身を一粒、取り出す。

「おお……金平糖だ」

何でこんなん持ってんだろこの子。意外と甘党なのか、いやでも北条のじいさんに持たされたと考えれば割と違和感無いな……。
渡されたってことは食べていいんだよなあ、と思って、こんなこと大谷さんとの時も考えたなと若干遠い目。食い意地はってる訳じゃないんだよ。
まあいいんだろ多分、ってかこれで食べちゃダメとかだったら小太郎張り飛ばす。
そんな物騒な事を考えながら、一粒の金平糖を口の中に放った。
うん、甘い。

「ありがと、美味しい」

へらりと笑ってから、ふと以前聞き及んだことを思い出す。

「ありがとう、って珍しいとかそういう意味じゃなくて、感謝の気持ちね。この頃はまだ有り難いってそういう意味で使わないんだって聞いたんだけど」

相変わらず表情は見えないけど、きょとんとしているらしい小太郎に小さく笑いを漏らした。

「ごめん、意味わかんないか」

小太郎に巾着袋を返し、あたしも近くの木にもたれて座り込む。
いよいよもって本当に寒くなってきた。今の時期がいつなのかはいまいちわからないけど……秋半ばってとこだろうか。それか春の始め?つまり寒い。

早く大阪城に帰りたいなあ、と溜息混じりに、ぼそりと吐き捨てる。
瞬間、自分の周りを揺蕩っていた闇属性のもやがぶわりと、月に照らされたあたしの影に集まり、そして。

「うぇっ、は!?」

とぷん、と水の中に沈むように、あたしはその影の中に吸い込まれていった。

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