ねこのここじし [102/118]


※死亡/残酷表現有


あたしがそこに辿り着いた時、既に三成は伊達主従との戦闘を始めていた。
紫ちゃんと官兵衛によって相当の傷を負わされていた伊達主従と、ここまでほぼ無傷で来た三成だ。状況は圧倒的に三成が有利。だけど三成の敵はこの二人じゃない。もっと先にいる人。
だからあたしは、邪魔をする。

「……ーっ!?」
「三成様は先に進んでください!此処はあたしが」

邪魔をするなと三成に吠えられる。わかってたことだ。
どうせ伊達はまた、秀吉の名を挙げて三成を怒らせたんだろう。秀吉の名まで貶められた三成は、己の手で伊達を殺さなければ納得できない。それに、この二人は紫ちゃんの仇だ。
だけど、このままじゃ三成だって無傷では済まない。致命傷には至らなくとも、怪我を負えばこの先進む三成の道の障害になる。あたしはそれを良しとしない。

仕方ない、と肩をすくめる。

「っ貴様!一体何を……!?」

三成に影人形を取り憑け、伊達主従の相手を引き受ける。二人とも満身創痍、だけど油断は出来ない。
先へと強制的に進んでいく三成の背に軽く手を振って、わらった。

「戻って来ても無駄ですよ。貴方の敵はこの二人じゃない、もっと先にいる人のはずです。大将ともあろう人が目的を見失ってどうするんすか?」
「黙れッ!私が誅戮するのだ、これを外せェッ!!」
「だめですって」

影人形には抗えない。三成の声は次第に遠く、小さくなっていく。

「――この二人は、あたしの獲物だもの」

小十郎の刀を傘で受け止め、嗤う。

紫ちゃんを殺されて激昂してんのが三成だけだとでも?三成の怒りこそが至上だとでも?官兵衛の哀しみが最上だとでも?……まさか。
唯一無二の友達殺されて、一番腸煮えくりかえってんの、あたしだから。

「だから貴方達は、あたしが殺す」


――…


先に進まざるを得ない場所まで、影人形で三成を送り届けるのは時間がかかる。それまであたしは、殺さないよう、殺されないよう、彼らと戦わなければいけない。
だって一瞬で終えてしまったら、復讐にならない。

「アンタとは初めましてだな、菫のFriendか?」
「菫?……ああ、そゆこと」

やり合いの最中、伊達に話しかけられて頷く。菫、とは紫ちゃんのことだろう。思い至りはしたが、わざわざ正解を伊達に教えてあげる必要もない。
あたしの反応をやや訝りはしたものの、伊達はあたしと距離をとって、刀をかまえ直した。

「It is an honor to meet you……とでも言えばいいですか?」
「Ha!世辞が上手いじゃねえか」
「そりゃどーも」
「南蛮語を解する女が二人もいるとはな……そしてその二人ともが俺の敵ときたもんだ。Variety is the spice of life!これだから人生ってのは面白ぇ!!」

面白い、ねえ……。
本当におもしろがってそうな伊達の姿を見て、理解する。この人はそういう人なのだと。此処は、そういう場所なのだと。

三成はもう随分と遠くにいった。もう影人形を離してもいいだろう。あまり取り憑かせたままだと、格好の的にもなりかねない。

「ここは戦場で、あたしの友達とあなたは敵だった。だから戦って、友達は死んだ。その復讐をしようなんて無粋なんでしょうね。ここは戦場、人が死ぬ場所なんだから」

帰ってきた蝶々を指先に留め、微笑む。
さっきこれに操られたことを忘れていないらしい。伊達主従は二人して全身に緊張を走らせた。警戒に染まった視線が心地良いとすら感じる。

「だからあたしは貴方達を殺す。ここが戦場で、あたしと貴方達が敵だから」
「Good!いいぜ、来い、石田軍の女!」

伊達が六爪を抜く。小十郎の刀が雷電を帯びる。
あたしも傘を広げて、静かにさした。この姿勢にも随分と慣れたものだと思いながら。

二人同時に駆けてくる伊達と小十郎を見つめ、指先を軽く操り、あたしは微笑むだけ。


――伊達の六爪は、隣を走る小十郎の身体を、容易く引き裂いた。


「……っま、さ、むね…様……ッ」
「こじゅ、ろ……!?」

二人の目が大きく見開かれる。あたしは笑みを消して、無表情にその様を眺める。
紫ちゃんみたいに無惨な姿で崩れ落ちていく小十郎。それを呆然と見つめることしか出来ない伊達。

……あたしが、正々堂々と戦うわけがない。
こんな、闇討ちにぴったり!みたいな能力を得て。人を操れるとかいう悪魔みたいな力を得て。純粋に一騎打ちをしたらボロ負け確定になるだろう伊達主従を相手に、仕込み刀だけで戦うとでも?
敵が何のしがらみもない相手ならまだしも、友達の仇なのに?

「て、めえッ……!」

憎悪と殺意の混ざった隻眼が、あたしを射抜く。命尽きた小十郎を見ても、大切な腹心を己の手で喪ってしまった伊達を見ても、何の感慨も浮かばない。嬉しくもなんともない。
だけどあたしは、嬉しい振りをして嗤う。次はどうやって、操り人形と化した貴方を殺してみせようかと口角を吊り上げる。
それに呼応して、伊達の表情はますます怒りに歪む。あたしは愉しくて堪らないとでもいう風に、声を上げてわらう。

「このまま己の手で自軍の兵を殺して回る?それとも自害?みっともなくあたしに背中を斬られて死ぬのもアリかもねえ?」

くるくると傘を手に踊ってみせるあたしは、まるで悪役だ。

「この…ッ、外道が……!」

ぴたりと動きを止めて、傘を畳んだ。
外道。まさにその通りだろう。三成のため、紫ちゃんのため。そんなの建前で、結局あたしは自分のためだけに人を殺して生きている。
全部自分が報われたいからだ。人の道を外れてでも。

でも伊達だって、紫ちゃんを殺したでしょう?今まで数え切れないほどの人を殺したでしょう?
官兵衛と紫ちゃんは互いを庇い合ってた。その姿に何も感じなかったの?愛し合う二人を引き裂く必要があったの?美しい光景だと微笑んで見逃してあげても良かったんじゃないの?
だけど伊達は、そうしなかった。それは外道と言わないの?

「てめえは、此処が戦場だからどうたらと講釈垂れていたが、ただ俺に復讐したかっただけじゃねえか」
「……そうだよ?友達を殺されてむかついた。だからもっと酷いやり方で伊達主従を殺そうと思った。あたしの自己満。紫ちゃんも三成も関係無い、あたしが復讐したかっただけ」
「で?復讐出来て、どんな気持ちだよ」

伊達の胸元に、深々と突き刺さった刀を抜けば、思ったよりも血が溢れてあたしの身体に飛び散った。
黒地の戦装束には、それは目立った汚れにはならない。

「世の漫画や小説が言うほど、復讐って悪くないんじゃない?」

仰向けに倒れた伊達の死体を見下ろして、呟く。
答えは勿論、返ってこない。


さあ、先へ進もう。あたしの我が儘はこれで終わりだ。
何もかもを誤魔化して、悪役にもなって、あたしはあたしの道を進む。全ては三成の道を途絶えさせない為だけに。

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