無戸室へ、 [99/118]


※死亡表現有


戦況は変わらない。
伊達は浮毒によって随分と体力を消耗しているし、小十郎さんの背中の傷も大きい。
けれど私の全身もぼろぼろだし、なにより強心毒が切れた時のことを考えると……、いや、今はそんなことを考えてはいられない。
少しでも早く、早く、早く。この二人を。

「紫っ!!」
「っ、」

私の名前を呼ぶ声と共に、右側から迫ってきていた伊達の身体を弾き飛ばした鉄球。
一瞬強心毒が切れたんじゃないかと思うほどに、私は驚いていた。

「かんべ、さん」

素早く移動し、さっきの私と同じように背後から斬りつけようとしていた小十郎さんの攻撃を弾いて、官兵衛さんの元へと走る。
隣に並べば、軽く頭を小突かれた。

「いないと思えば、お前さん……何をしとるんだ」
「……少しでも官兵衛さんの敵を、減らしたくて」
「そんなボロボロになってまでか」

どうやら官兵衛さんは怒っているらしい。言葉の端々に棘が見え隠れしている。
でも、だけど、と言いたいことはたくさんあった。だけど、今の私にそんな時間は無い。

多分、強心毒はもうあと一分ももたない。

「話は後で聞きます。ごめんなさい、官兵衛さん」
「謝ることでもないが……。今は独眼流とその右目の相手だな」

鉄球を自在に操る官兵衛さんが、手始めにと言わんばかりに伊達と小十郎さんを同時に弾き飛ばす。
それを追うように、私は伊達へ刀を向けた。深く斬りつけられた伊達の左腕が、ぐじゅりと熔ける。伊達が顔を顰めた。

それからも二対二の攻防は続く。ほぼ互角、だけどノーダメ状態の官兵衛さんが混ざったことで、僅かに私たちの方が有利。

だと、思っていた。

「――…っ!」
「どうした、紫!?」

伊達の攻撃を弾き、追い打ちをかけようとした瞬間。
ぷつりと、糸の切れる感覚がした。
直後、全身の力がふっと抜ける。ぎりぎりまで使い続けた強心毒は、今まで感じたことの無い程の疲労感だけを置き去りにして、あっさりと消えていった。
動けなくなる、息が上がる、今にも膝が落ちそう。

そんな私の隙を、伊達が見逃すはずもない。
ややふらつきながらも立ち上がって、ぐじゅぐじゅの腕をものともせず六爪を抜き、私へと走り出す。
斜め前で小十郎さんの刀を弾き飛ばした官兵衛さんが、伊達と同じく私へと向かってくるのが、スローモーションのように見えた。

……はは、アニメみたい。


――…


あたしの影人形は、他人の動向を把握する為にある。
だから、影人形を取り憑けている相手の動向を"把握する必要が無くなった"ら、勝手に消える。自分の意識でも消せるけど、その時ばかりはどうしようもない。憑けたままにしておくことは出来ない。
役目を終えた影人形は、取り憑いた相手を見捨てるように、あっさりとただの影に戻る。

"それ"が消えた瞬間、あたしの全身が凍り付いた。恨みに身を委ねている三成とそれを宥める大谷さんとが、同時にあたしへ視線を向けるほどに、あたしの雰囲気はきっと変わっていた。
でも、胸の内だけは妙に落ち着いていた。とても静かなものだった。
二人に何も告げず、あたしは脳裏に彼の人の姿を思い浮かべ、影へと沈む。

影から抜け出た先の情景は、私にとってはとてつもなく受け入れがたくて、なのに、それをすとんと理解してしまえるようになっていたのがつらかった。

「お前、さんは……」

紫ちゃんを抱える官兵衛が、二人を相手にどうにか保てているような現状。それでも官兵衛の身体には無数の傷が出来ている。
歯噛みしながら、影人形を伊達に取り憑け、その刀を小十郎へと向けさせた。

「政宗様っ!」
「ッ……!?」

困惑に陥る伊達主従をそのままに、官兵衛の腕を引いて再び影の中へ沈む。
西軍本陣の中へと帰れば、三成と大谷さんが見開いた目を向けた。


いやに無表情のまま傘を握っているあたしと。
唇をきつく噛み締めて、まだきっと温かいんだろうモノを抱き締めている官兵衛と。

血塗れで、傷だらけで、目も当てられないような状態の、もう一生動くことはなくなった紫ちゃんに。

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