暗の共鳴 [97/118]


そいつは本当に、変な女だった。
本人に言ったらきっと怒るんだろうが、そうとしか言いようが無かった。変わり者で、まっすぐで、だがどこかしかが歪んでいる女だった。


三成を押しのけ、慌てたように髪を手で撫でつけたり着物をはたいたりしてから、小生に笑顔を向けてきたあの日の事は、恐らく永遠に忘れられないんだろう。

――「は、はじめまして!私、紫って言います。三成さんとはまったくこれっぽっちも関係ないただの石田軍の一兵士です!ずっとずっと官兵衛さんにお会いしたいと思ってました!!」

あれは傑作だった。
三成のあの唖然とした顔。鳩が豆鉄砲を食ったような顔ってのはこういうのの事を言うんだなと頭の隅で考えていたのを思い出す。

奇特な女もいたもんだと思った。実際、そう口にした。
見合い経験すら無いような小生に向かって、臆面もなく「かっこよくて大好きです」と告げてくる。今まで小生を格好良いだなどと形容した女は一人もいなかった。良いとこ「渋いですよね」程度だ。
勿論、訝しむ気持ちが無かったわけじゃあない。あの三成が連れてきた女だ。何か裏があるんじゃないかとも思った。

だが、これでも軍師として生きてきたんだ。何が真実かは解らないまでも、嘘か真かの違いぐらいは理解できる。
紫の言葉は、少なくとも嘘ではなかった。
まるで弾丸か大砲かのように小生へと真っ直ぐに向けてきた言葉は全て真実で、自分で言うのもどうかと思うが……確かに紫は、小生を好いてくれていた。
「結婚してください」と言ったあの言葉も、半ば本気なのだろう。
そう理解できる程度には察しの良い人間なつもりだったし、何より紫は分かり易かった。


紫が何かを隠している事だって察していた。
それを問わなかったのは、人間誰しも隠し事くらいするもんだと知っていたからだ。
言いたくないことの一つや二つ、誰にだってあるだろう。小生にだってある。それを隠すことが罪だとは思わない。
世の中には、知らなくたっていい事もある。
知るということは、見ぬ振りが出来なくなるということだ。

紫の隠し事を知った後に、知らんぷりを出来る自信が小生には無かった。
紫が何かを隠していると気付いた頃には、小生もそれなりに紫を大切に想っていたからだ。

確かに紫は分かり易かったが、けれど偽るのがとても上手な女でもあった。
隠している物の片鱗すらも小生に見せはしなかった。無意識なんだか意図的なんだかは知らないが、きっと小生が三成のような人間だったのならまったく気付かなかっただろう程度には、紫は上手くその何かを隠していた。


もしもそれが小生に話せる内容だったのなら、いつかは話してくれるだろう。
小生の為だけに、友を捨て、石田軍を捨ててくれた女だ。そうすることを自分で決められた女だ。
いつか隠し事についても自分で決めるんだろうと思う。話すか、話さないか。
小生はどっちでも良かった。隠し事が何であれ、紫を嫌うような事は無いと自信を持って言えたし、言われなければ知らないままでいれば良い話だからだ。

ただ、時折寂しげに笑う紫のあの表情だけは、見たくないなと思っていた。


見たくなかったんだ。あんな顔は。


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