蝙蝠の子の [94/118]


死亡表現有


「――紫ちゃん、行こう」

孫市の死体の側で立ち尽くす紫ちゃんは、きつく唇を噛んでいる。
二人がしたのかもしれない会話は知り得ないが、紫ちゃんがこれだけ表情を歪めているのも珍しいことだ。
……話の内容なら、大凡の推測は出来る。けれど今はそれをしている時間も余裕も無い。黒田軍と石田軍の本隊が到着するまでに、あたし達は出来る限り敵を減らしておきたいんだ。

あたしの声を聞いて、紫ちゃんはゆるく顔をあげた。その顔は、既にいつも通りの表情となっていた。

「……うん、行こう」


――…


再び雑魚兵を蹴散らしながら進む傍ら、金吾がどの辺りまで進んだのだろうかと考える。
此処が仮に集結ステージなのだとしたら、恐らく金吾は家康の元に向かっているんだろう。もしゲーム通りに、陣を制覇する度に金吾が立ち止まるのなら。まだそう先には行っていないはずだけれど。

けれど、あたしと紫ちゃんはこの戦場を進み始めて、割と最初の段階で鶴姫と孫市の二人に出会った。
確か集結ステージでは、彼女達と会うためにはそれなりに長い道筋を進むか、ジャンプ台を使うかしないといけなかったはず。
となると……少し、悩ましい。

「もしかしたら此処、集結ステージじゃないのかも」
「、朱ちゃんもやっぱそう思う?」
「うん。それに紫ちゃん、ちょっと前に伊達主従と会ったんっしょ?」

紫ちゃんの背後に迫る雑魚の影を踏みながら、問いかける。紫ちゃんはくるりと振り向いて、毒の刀で兵を斬りつけながら頷いた。

「なら、そこで残影のフラグも立ったのかも。一緒くたになってる可能性のが高い気がする」
「うええ〜、また伊達と会うのやだなあ」

周囲の雑魚兵が粗方片付いたので、また先へと走り出す。

伊達主従と争う可能性、か。
別に嫌だとかそういう感情があるわけじゃない。あの人は間違いなく西軍の敵だ。生かしておけば三成の生を遮るだろう人だ。
鶴姫を手にかけた今、彼らを殺すことに何の迷いも無い。

だけど何だか、妙に嫌な予感がした。


「あ、朱ちゃん!天海様と金吾さん」

紫ちゃんの声に、思考を止めて前を見据える。
確かにそこには金吾と天海の背中が見えて、傘の柄を握る手に力がこもった。

「さっきと同じ感じでいこう。あたしは金吾、紫ちゃんは天海で」
「了解」

影送りで金吾の正面に回り、その手を掴んで再び影送りを使う。
ぎょっとした顔の金吾と共に天海と紫ちゃんから少し離れた場所へと浮かび上がれば、金吾は大きな泣き声をあげて地面へと踞った。

……こういう反応されると、どうにも殺しにくい。

「うわあああん!ごめんなさあい!!殺さないでええ!!」

離れた場所では、紫ちゃんが既に意気揚々と天海へ向かって簪の刀を振りかぶっている。さっきのシリアス顔は何だったんだ、と思いながら金吾に視線を戻した。
相も変わらず踞ったまま、泣き喚いて、背中の鍋に身を隠している。

「……ねえ金吾さん、死にたくないんすよね」
「死にたくないですう!」
「じゃあ何で、東軍についたの?三成様や毛利さん、大谷さんが貴方を殺しにくるだろうことはわかってたはずでしょう。徳川に脅されたから?どうして貴方を脅して味方につけようとする人に、命の保証をしてもらえると思うの?」

金吾の弱々しい視線が、あたしへと恐る恐る向けられた。
涙の浮かぶ、まあるい目。

映るのは、おかしいくらいに無表情な自分だ。

「死にたくないならまた西軍に寝返りますか。そしてまた徳川に脅され、東軍に寝返って。どっちにもいい顔して」
「っぼ、僕だってどうしたらいいかわかんないんだよ!!朱ちゃんには、わかんない!!!」

逆ギレされてしまった、と心の隅でひっそり笑う。
なんだかんだ、そんな金吾があたしは嫌いじゃないのだけど。

西軍に対して益とならない存在なら、やっぱり殺すしかないんだろう。
肩をすくめて、傘をさした。

「……まるで蝙蝠ですね」


鍋に入ったままこっちへと転がってくる金吾を軽々と避け、さてどうしようかととりあえずは防御に徹する。
盾とした鍋からこちらの様子を窺う、逃げようとして鍋がひっかかり転けていく、終いにはごめんなさあい!と謝りながら背中の鍋を落とす。金吾の攻撃はコミカルで、見ていて妙に面白い。
それらをひょいひょいと避けつつ、どうするも何も、殺すしかないんだと今更過ぎることに気が付いた。

再び鍋の中へと入って転がってくる金吾を弾き飛ばし、無様に転がったところへゆっくりと歩み寄る。
無駄に影送りや影踏みを使えば、それなりに疲労が重なってしまう。ここは、あまり使わないでおこう。

「そういえば金吾さんと紫ちゃんって、友達だったそうですね」

仕込み刀を突きつければ、金吾は驚くくらい大人しく、地面の上で震えていた。

「とっ、友達、だよ、ぼくと……紫ちゃん、は。……今でも」
「……紫ちゃんに伝えとく」

そうして金吾の鍋を蹴り上げ、その首を、斬り裂いた。

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