しんあい   



緩やかな坂を上りきった場所は、海と街が見渡せる小さな公園だった。
花壇に咲く花と、ベンチくらいしかない場所。

夕焼けに照らされたそこはとても綺麗で、思わず、息を呑んだ。

「ちょっと休憩でも、しますかー」
「…あ、はい」

真っ赤な空と、真っ赤な海。
人気の少ない公園はとても静かで、なんだかここだけ切り取られた世界みたいだなんて、そんなしょうもないことをちょっと考えたりして。

何を言うわけでもなくぼんやりと空を眺めてるフランさん。
対してわたしも何かを話すべきなのかな、と思いながらもぼんやり海を眺めていた。

そこで、ふと、なにかに気付く。

「…フランさん、あの…勘違いだったら申し訳ないんですけど」
「、?」
「わたしって、ここ…来たこと、あります…?」

そう、告げた瞬間。
ガタンッ!と大きな音を立ててフランさんが立ち上がった。
いつもはぽやんとしている瞳が、今は大きく見開かれている。

「美遊っ、な、にか、思い出したんで、すかー…?」
「、…ごめんなさい、本当に、ちょびっとだけなんです。ここで、フランさんとこのベンチに座ってて、なにかとても、嬉しかったような気がして…それだけ、で」

記憶が戻ったのかと、喜ぶフランさんに申し訳なくて、最後の方はぼそぼそと何を喋ってるのか自分でも聞き取れないような声になってしまった。
それでもフランさんの、嬉しそうな表情は消えなくて。

すとん、と今度はゆっくりベンチに座り直すと、目を細めてなにかを思い出すように、口を開いた。

「1回だけ、美遊とここに来たことがあるんですー。それまでミーは美遊を外に出したくなくて、他の人に見せたくなくて、ミーだけがいる世界に置いておきたくて。でも、ルッス先輩と堕王子が、美遊が外に行きたがってるんじゃないかーって言うから、本当はあんまり乗り気じゃなかったんですけどねー?2人で、出掛けたんですよー」
「…そう、なんですか」

その頃のわたしを思い出してるのか、フランさんは楽しそうだった。とても。

「外が楽しいなら楽しいって言えばいいのに、美遊はミーのこと気にしてんのかたまに微妙な顔するし、どうしますかねーって思ってたんですよー。でも、ジェラート食べたり喫茶店で紅茶飲んだりしたら、すぐ笑顔になって」

「美遊が見てたあのジュエリーショップ、あそこで美遊にあげようと予約してた指輪を受け取りに行ったんですよー。美遊ってば、周りが高い物ばっかだからってびくびくしてミーにひっついてきて、あれは傑作でしたねー」

「それで2人でここに来て、ここで、ミーが美遊にその指輪を渡したんですー。それまで美遊はミーが受け取った指輪は他の人にあげるもんなんじゃないかーとか思ってたみたいですけど、ミーが美遊以外の女に興味あるとか思ってるんですかねー?ミーのこと信じてくれないなんて酷い女だと思いませんー?って、美遊に言っちゃダメですねー」

「…ミーは美遊を幸せにするって、そう誓って、この指輪を美遊に渡したんですー。ずっと守るって、ミーのそばにいさせるんだって、そしたら美遊が泣き出しちゃったんですよー。でもそれがすごい可愛くて…。なのにミーは美遊を守ることが出来なくて、引き止めることも…出来なくて」


そこまで一気に喋って疲れたのか、フランさんは一息吐いて、わたしの方を真っ直ぐ見た。

「それでも美遊は、記憶をなくしてでも、ミーのとこに戻ってきてくれましたー」

ふわり、綺麗に微笑むフランさんの顔をまっすぐ見ることが出来なくて、思わず俯いてしまう。

わたしはこの人を好きだと思った。
でもそれ以上に、フランさんは、わたしじゃない「美遊」が、好きなんだ。
さっき、美遊の話をしている時のフランさんはきらきらしてて、本当に楽しそうで、嬉しそうで、きっと行けるものならあの時に戻りたいとすら思ってるんじゃないかってくらい、「美遊」に焦がれてる。


わたしじゃダメなんだ。
わたしじゃ、この人を本当に笑わせることは出来ない。

あたしじゃなきゃ、全部思い出した美遊じゃなきゃ、フランを幸せにはできない。


「フランさんは、本当に、美遊が好きなんですね」

俯いたまま、ぽつりと呟く。
ゆっくりと顔を上げて、目線が合ったフランさんは、寂しそうに、でもどこかいたずらっぽい顔で、にこりと笑った。

「ミーは、美遊を溺愛してますからねー」


ちくりと、頭に痛みが走った。


深愛
(それはフランさんが「美遊」へ向ける、深い愛情)


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -