けいるい   



フランさんはわたしの斜め右、一歩前を歩く。

石畳の続く綺麗な街。
人混みでざわついている街の中、わたしとフランさんは会話をするわけでもなく、ただ、歩いていた。

どこに向かっているんだろう、なにをするんだろう、いろいろ気になってはしまうけど…それを問いかける勇気は無い。
ぼんやり、歩く度に揺れるフランさんの髪の毛を眺めながら、やっぱり「わたし」の存在はこの人にとって迷惑でしかないのかなあ、なんて考えた。
早く記憶を取り戻して、フランさんに必要とされる「あたし」になりたい。

そう思ってみたところで、出来たら苦労しないのだけど。

「…、聞いてますー?」
「…っえ、へ?あっ、…すみません、ぼーっとしてたみたいで」
「――…ジェラート、食べませんかーって言ったんですけどー」
「、ジェラート…ですか」

ちょいちょいとフランさんが、ちょっとだけ遠くにあるワゴン車のようなものを指さす。
どうやらジェラート店らしいそこで、店先に立っているおじさんがにこやかに手を振ってきた。

「まあいらないなら、」
「あっいや、食べたいです!」
「…食い意地はってんのは、相変わらずですねー」

小さく笑って、フランさんはそのジェラートの店へと歩き出す。
数歩遅れてそれを追いかけ、わたしはミルクのジェラートを、フランさんはイチゴのジェラートを買った。

ぺろりと舐めたそれは冷たくて、甘くて、…どこか懐かしかった。
記憶を失う前に食べたことがあるのかな、だとしたらその時もきっと、フランさんと――。
その時のフランさんは、楽しかったのかな。2人で並んで、笑いながら、話しをしながら、手を繋いで歩いたのかな。

羨ましい、なんて思ってしまった。
自分に嫉妬するなんて、バカみたいだけど。

「…さ、行きましょー」
「あ、はい」

また、フランさんの一歩後ろを歩く。
わたしに見えるのは、フランさんの後ろ姿だけ、で。

ぼんやりとその後ろ姿を眺めていたら、ぽたり、溶けたジェラートが手の甲に落ちた。

「わ…」

それを拭うためにカバンからティッシュを取りだそうと立ち止まる。
視界の隅にはわたしが立ち止まったことに気が付かずそのまま歩いていってしまうフランさんが見えたけど、わざわざ声をかけてまで待ってもらう程でもないし、とどうにかこうにか取り出せたティッシュで手を拭こうと、

したのだけど。

「美遊…っ!」

ぱしっと、少し焦った様子のフランさんに、ジェラートのついた手をとられてしまい、それはかなわなくて。

突然の出来事に驚いて、掴まれた腕からフランさんへと、視線を上げていく。
目線が合う瞬間に口元の当たりへと視線を戻して、そこでやっと、気が付いた。
フランさんの息が、ほんの、本当にほんの僅かにだけど、上がっていることに。

それは、もしかして、わたしが着いてきてないことに気付いて…急いで戻ってきて、くれたから?

「フランさ…、つめたっ」

謝ろうとした瞬間、溶けていくジェラートがまたわたしの手に滴を落とした。
掴まれているのと反対の手に持ったままだったティッシュで、慌ててそれを拭おうとする。
けれどティッシュが手に触れるより早く、フランさんがわたしの手を口元に運んで。

ぺろり、

え、と思う間も無く。
フランさんは溶けたジェラートの滴を、舐めとった。

「…、――っ!?」

伏せられた目が、次の瞬間には驚きで見開いたわたしの目をとらえていて、ただただ唖然としているわたしは、なにも言うことが出来なくて。

「ミルクもなかなかいけますねー」

なんて、いたずらっ子のような笑みを浮かべてわたしのジェラートを一口食べたフランさんは、再びわたしに背を向けて歩き出した。

今度は、わたしの手をしっかりと、掴んで。


繋累
(ところでこのティッシュどうしよう)


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