へんてん   



目が覚めたと同時に、わたしの部屋へとやってきたルッスーリアさんに半ば無理矢理ルッスーリアさんの部屋へと連行された。
驚きと眠気で事の成り行きに対処できないわたしは、ただただおろおろするしかなくて。

「あ、あの、ルッスーリアさん…これは…」

目前に広がる、数え切れない程の服、靴、小物、そして化粧品。
唖然と彼女を見上げるわたしに、ルッスーリアさんはにっこりと人の良さそうな笑みを浮かべた。

楽しそうな、それでいてとても嬉しそうな微笑み。

「ふふ、楽しみは後にとっておかないとね。さ、おめかしするわよ!」
「え、え?一体どういう…」
「いいからいいから!ほら、美遊ちゃんの着たい服を選びなさい」
「あ…はあ…?」

言われるままに、なんとなく視界に入った水色のワンピースを手に取る。
どことなく懐かしさを感じて、無意識に左手の薬指についている指輪に手を触れていた。

わたしが水色のワンピースを手に取っていることに気付いて、ルッスーリアさんがわずかに目を細める。
なんでだろう、と思ったけれど口には出さず、じゃあこれで…とわたしはワンピースを差し出した。

「そうね、美遊ちゃんにはそれがよく似合うと思うわ。今日は少し肌寒いからこのストールも羽織りなさい」

水色のワンピースに似合いそうなストールとショートブーツを渡され、奥にある化粧室で着替えてくるよう言われる。
大人しくそれに従い、化粧室の中で着替え鏡で自分の姿を確認した。

やっぱり、どこか懐かしさを感じる。
それが何でなのかを思い出そうとしても、なにかもやがかかっていて、そこまでは辿り着けない。
仕方ないと肩をすくめ、化粧室を出た。


やっぱり似合ってるわぁ!と明るい声音で褒めてくれるルッスーリアさんに小さく笑ってお礼を言う。
今度は大きな鏡の前にあるイスに座るよう促され、落ち着かないながらもそこに座ったわたしの目の前に、ルッスーリアさんはメイク道具をどさっと置いた。

「フランが思わずどきっとしちゃうくらい可愛くしてあげるわ!」
「え、フラン…さん?」

今日はまだ一度も見ていない、フランさん。
まあそれは、起きてすぐここに連れてこられたのだから当然といえば当然なんだけど。

唐突にこんな、ルッスーリアさん曰くおめかしをさせられているのは、フランさんに何か関係があるのだろうか。


――昨日、初めてフランさんはわたしを真っ直ぐに見てくれた。
ごめんなさいと、わたしに謝ってくれた。
もちろん謝って欲しかったわけではないんだけれど、わたしを見てくれたことが、わたしに言葉を向けてくれたことが、…どうしようもなく嬉しくて。
つい泣いてしまったわたしに、おろおろと慌てていたのを思い出す。

早く思い出したい。
ここにいる皆さんのこと…わたし自身のこと、そして、フランさんを。
もう私の所為で悲しそうに笑うフランさんの顔は、見たくないから。


そんなことを考えているうちにメイクは終わったらしく。
出来たわよ!と満足そうなルッスーリアさんの声に目を開けば、さっき鏡で見た自分とは少し違う、わたしの顔があった。
メイクってすごい。

「…ありがとうございます、ルッスーリアさん」
「お礼なんていいのよ!さ、広間の方でフランが待ってるから、いってらっしゃい」
「、…いいんで、しょうか」
「え?」

今更、不安になってくる。

昨日のフランさんが"わたし"を見てくれたとは言え、本当にあの人が求めているのはわたしじゃない"美遊"だ。
記憶を持っていない、わたしじゃない。

そんなわたしが、フランさんの隣を歩いていいのか。
フランさんの名前を呼ぶ権利が、あるのか、なんて。


それを聞いたルッスーリアさんはきょとんと目を丸くした後、なに言ってんのよ!とわたしの不安を笑い飛ばした。

「バカね。あなたは美遊でしょ、美遊ちゃんはこの世界に1人しかいない、あなた自身なのよ」

今度はわたしが目を丸くしてしまった。

わたしは、わたし。
そっか…なら、わたしは、どうしたい?

…フランさんに、会いたい。


「ありがとうございます、ルッスーリアさん。…いってきます!」
「ええ、いってらっしゃい!」


変転
(あなたへの想いは、誰でもないわたしのもの)


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