あいせつ   



ずっと、もやもやとした深い霧の中を歩くように、記憶のかけらを探していた。
それでも手に触れるモノは何もなくて、良くしてくれる皆さんに申し訳が無くて。

特に、フランさん…に。


フランさんは今日、帰ってくる。
何故かはわからないけど、早く会いたいと思った。
今フランさんに会ったら、何かわかるかもしれない。わからないかもしれない。
それでも、会いたい。

「…、」

窓から差し込む光に左手をかざして、きらりと煌めく指輪に目を細める。
フランさんが、わたしにくれたもの。記憶を失う前の、わたしに。
綺麗なエメラルドグリーンの宝石はゆらゆらと輝いて、わたしの目に緩やかな光を届ける。
それがまるで、哀しみに揺れていたフランさんの瞳のようで。

きゅっと、右手で左手を覆い隠した。


――…


クソガエルが帰ってきたぜ、とわざわざ教えに来てくれたのはベルさんで。
長い前髪で隠れた瞳に、どこか安堵した自分がほんの少し嫌だった。

「あ、じゃあ…わたし、会いに行ってみます」
「…美遊、」
「はい?」
「、…」

や、なんでもね。
表情からも声色からも読めない感情でそう言い放つと、ベルさんはフランさんが広間にいるだろうことを教えてくれて、部屋から姿を消した。

洗面所の鏡で簡単に髪を整え、わたしも部屋を出て広間に向かう。


…と、広間につくより早く、大きなカエルの頭がちらりと視界に写った。
廊下の角を曲がって、こっちへと歩いている。
俯けていた顔を上げたフランさんと、わたしの視線がぱちり、合った。

「っ美遊、」
「フランさん!」
「ー…っ」

瞬間、綻んだように思えたフランさんの表情が、固まる。
それに気付いてしまった。わたしの足は、止まってしまう。

互いに歩みを止めたわたしとフランさんの間にある中途半端な距離は、きっと、今のわたしとフランさんの心の距離なんだろうと思った。
触れたくても触れられない、触れるべきじゃない。
お互いに、そう思っていそうな距離。

それでも、フランさんの求めているモノが何かわかっていても、わたしには言わなきゃいけない言葉があった。
早く言って、伝えてと、心の奥の何かが叫ぶから。


ぎゅ、と、左手を握りしめて。

「っおかえり、なさい…フランさん」

ぴくりと揺れた肩、一瞬見開かれた瞳。
指輪と同じエメラルドグリーン。
ひどく哀しそうに苦しそうに、濁った瞳。

見ていられなくて、目を逸らした。

「お迎え、ありがとうございますー。じゃあミーは報告書…出さなきゃ、いけないんでー、早めに部屋に戻った方がいいですよー」
「あ、…はい」

勇気を出して、お疲れ様でしたと、そう口にしたときには、もうフランさんの姿はわたしの世界から消えていた。


哀切
(…最低すぎて、自分に反吐がでますー)


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