まぼろし   



白い霧がゆっくりと晴れていく。おろしていた瞼を開いて、少女―…美遊は目の前の景色に、唖然とした。
緑豊かな自然があふれ、川はせせらぎ、名前も知らない鳥が楽しそうに澄んだ青空を飛び交っている…そんな景色。見たこともないその景色に、美遊はしばし呆然としたままそれらを眺めていた。
数瞬後、草を踏みしめる音が耳に届き、美遊はくるりと背後に顔を向ける。目前には、藍色の特徴的な髪型をしたオッドアイの青年が、柔和な笑みを浮かべながら歩み寄ってきていた。一瞬警戒するように目を細めた美遊に、青年はただくすりと口角をあげる。

「君が…幸矢美遊、ですね」
「…、」

何で私のことを、そう言いたげな美遊の瞳。
それを見た青年はやはりただ笑うだけだった。次第に2人の距離が縮んでいく。手を伸ばせば簡単に触れられる距離にまで近づいて、青年はぴたりと歩みを止めた。
ひゅうと吹いた緩やかな風に、ひとつにまとめられた彼の髪が揺れる。

「僕の名前は六道骸」

言いながら、青年…基、骸は上げていた口角を元に戻し、眉尻を下げた。それは悲しみとも嘲りとも見える、微妙な表情で。美遊はわずかに顔を顰める。

「美遊、あなたは愚かな娘です。…ですが、そんなあなたは嫌いではありません」
「、ー…」
「しゃべらなくて結構ですよ、あなたはもう充分頑張りました…哀しいほどに」

小さく口を開いた美遊は、その言葉に唇を真一文字に結んだ。耐えるような表情を浮かべたと思えば、次の瞬間にはぽたりと両方の瞳から涙がこぼれてくる。その雫を指でぬぐい、骸はゆっくりと美遊の頭をなでた。

「君はこの世界に戻るべきではなかった」
「っ!」

ぱっと見開かれた瞳からは、また大粒の涙。
そして、やんわりと微笑み頭をなで続ける骸に、美遊は困惑気味に手を伸ばした。その手は骸の服を弱々しい力で握る。まるで何かに縋るように。けれど何かを、引き留めるように。
数度口を開けたり閉めたりを繰り返し、美遊は白い服の袖で涙を拭って、骸を見上げた。



「…わかってるんだ、よ」



(あたしは選択を間違った)(でも、後悔はできない)(愛しい人がきっと私を待ってる)(だから、後悔はできない)
(暗い海の中で溺れ死んでもいいの、愛するフランにもう一度逢えるなら)



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -