にぎる   



白蘭から離れあたしに飛びついてきた梨紗を受け止めて、無意識にその背中をさすっていた。
ぐす、ひっく、としゃくりあげている梨紗の涙で、右肩が濡れる。

「ごめん、ごめんね美遊、私の所為でこんなことに…っ、ほんとうにごめん…!」
「梨紗、落ち着いて…」

泣き続ける梨紗の背中を、ぽんぽんと一定のリズムで叩く。
その様子を、白蘭は口元を歪ませてじぃと眺めていた。

…恐い。
白蘭の視線は常に何かを計っているようで…その目が、恐い。
ぱちりと目が合った瞬間、あたしは白蘭から目を逸らした。白蘭の、笑い声が聞こえた。
梨紗の肩がびくっと震える。

「梨紗に、何をしたの」
「ん?別にヒドイ事なんて何もしてないよ。ただせっかくの研究の成果だから、ちょっといろいろ協力して貰っただけ。ね?梨紗チャン」
「…いやっもうやだ…!帰りたい!」
「ちょっと待って、研究の成果って、何…」

白蘭の言葉に梨紗の涙は更に溢れ、身体ががたがたと震え出す。
それだけで白蘭に何かひどいことをされたって事ぐらい、容易に想像できた。
だんだん落ち着いてきたあたしは、そんな梨紗の手を握ることしかできないんだけど…。

あたしの問いに、白蘭はくすくすと笑んだ。
そして、すっ…とあたしの首元を指さす。

「キミがつけているそのペンダントは、この世界でミルフィオーレの技術者が作ったモノなの。で、異世界へ行く装置をたまたま開発しちゃったから試してみたくてね?そのペンダントをまずキミ達の世界に飛ばして、それを手にした子がこっちに来るようプログラミングしといたんだ。だからキミ達はこっちの世界に来たんだけど…美遊チャンだけ着地点が変わっちゃったみたいで、まさかヴァリアーにいるなんて思ってもみなかったよ」

「…、じゃ、あ、あたしがこの世界に来たのは…ミルフィオーレの、所為…?」
「そゆこと」

語尾に音符でもついてそうなほど、白蘭の声音は明るい。
反面、あたしと梨紗はぎゅうと手を握り合って、顔面蒼白だった。
偶然出来た、異世界へ行く装置?
それがキッカケで、こっちの世界に来て…あたしがヴァリアーに行ったのは単なるミス。
本当だったらあたしも、梨紗と同じことになるはずだったんだ。
梨紗の身体の震えは止まない。

「美遊、帰ろう!?こんなとこに居たら美遊もきっと痛い目にあっちゃう!私もう嫌だよ、帰りたい、平和な私たちの世界に帰りたいっ!!」
「…梨紗…」
「うん、もう大体のサンプルは採れたし…本当は美遊チャンとも遊びたいんだけど、そんなに帰りたいなら帰っても良いよ?キミ達のペンダントが2つ揃えば帰れるから」

あっさりと言う白蘭に、あたしの目が丸くなった。
いつの間にかさっきと同じ場所に座っていて、白蘭はあたし達をじっと見つめている。愉しそうな、笑みを浮かべて。

「美遊チャンも、危ない世界にはいたくないでしょ?」
「…っ、」
「ね、帰ろう、美遊!」

梨紗は、大事な友だちだ。
あたし達のペンダントが2つ揃えばってことは、2人一緒じゃないと帰られないってこと…だよね。
でも、梨紗にペンダントを渡せば…。

「あ、言い忘れてたけど、キミや梨紗チャンがペンダントを外して片方だけが元の世界に帰っちゃったら…こっちに残った子は、どっちの世界からも存在が消えちゃうからね」

あたしの考えを見透かしたように笑う白蘭の言葉に、あたしは顔を顰めた。

全然帰りたくないって言ったら嘘になる。
家族や友だち、元の世界には大切な人がたくさんいるから。

でも、でも。

この世界には、フランがいるの。
あたしを好きだと言ってくれて、あたしも心から好きだって言える、フランがいる。
バカみたいだけど、何を捨ててでも、フランと一緒にいたい…ずっと。

でも、目の前で震えながら涙を流す梨紗を、見捨てることも出来ない。
だってこんなか弱い力で、梨紗はあたしの手を握っている。
こんな期待に満ちた目で、あたしを見ている。
梨紗の唇が、「帰ろう?」と、動いた。


「さぁ…どうするの?美遊チャン」

ちらと白蘭を見てみれば、彼はとても楽しそうに嗤っていた。


 (愛情か友情かなんて、決められない問)


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