あらわる 「決めた、んだから…!」 小さく叫んで、瞬きをした。 直後自分の身体が、何かに包まれる感覚に戸惑う。 藍色の炎。けれど、もちろんここにフランはいない。 目の前の男も霧属性ぽいけど、今は驚いたような表情をしている。 不意に、首元に目を落とした。 こっちの世界に来たキッカケ…フランが霧のリングだと言ったあのリングから、藍色の炎が吹き出しているのに、気付く。 「覚悟…」 そうか、覚悟か…。 ぼんやりとそう思いながら、左手でそのリングを握った。炎の量が、増す。 それでも、未来編で見たたくさんの人達の炎の量より、とても少ないけれど。 でも、これだけあればいい。 あたしはとにかく必死だった。どうやればそうなるのかなんてわからなかった。 ただ、頭に浮かんだイメージを、必死に形にしようと念じただけ。 「(フラン…っ!)」 さああ、と霧が集まって形作っていくのを感じて、あたしは目を開いた。 ころん…。 あたしの目の前には、フランがいつも被っているカエル帽子が、カエル帽子だけ、が、ぽつんと置いてあった。 男もあたしも呆然としたまま口を開かない。 だって、ええぇー…カエルて…空気読もうよここは…。 なんとなく、イラッと来た。 「こんっの…」 「、え」 「バカガエルがぁぁあっ!!」 思いっきり力を込めて、右足でカエル帽子を蹴飛ばした。 勿論のこと目の前にいる男に向かっていくそれを、男はさっと避ける。別に当てようとは思ってなかったけど苛ついた。ぶつかれば良かったのに。 蹴られたカエル帽子はそのまま飛んでいって、飛んで、さっき男が開けたままの状態だったドアの向こうにまで飛んでいって、そして ガシャアアアン! 恐らく、廊下に飾ってあったであろう壺か何かにぶつかって、多分その壺が割れた。 予想外に大きな音が鳴ったことに、びくりと肩が揺れる。 でもこれは、結果オーライかもしれない。 この音を聞いて、誰か、来てくれれば…! その期待を見抜いたのか、男が僅かに切迫した表情であたしに一気に近づいてきた。 また、今度はさっきより強く腕を掴まれ、顔を顰めながらその腕を振り払おうと暴れる。 「くっ…おとなしくしないとその足を切り落とすぞ!」 「勝手にすればいい!」 「…っ?!」 「あたしはここを動かない、どこにも行かない!あたしの居場所はフランの隣だもの、あたしがここに居るって、この世界に居るって証明してくれるのは、フランだけなんだから!!」 涙が溢れた。あたし、こんな涙もろかったっけ。 あたしを見て、男の手が一瞬緩んだ。 「ゔお゙ぉお゙い!!」 「、えっ…」 力が緩んだ隙に腕を振り払った、その一瞬後。 バンッ!と蹴り開けられた扉の向こうに、久々に見る、長い白銀の髪。 今まで見たこと無いような本当に怒っている顔で、スクアーロが…そこに立っていた。 ミルフィオーレの男と、あたしを交互に見て、あたしの目には留まらないスピードであたしと男の間に、スクアーロが入る。 あたしの視界が、スクアーロの白銀の髪と、スクアーロが着ていた黒いパーカーで埋まった。 「ゔお゙ぉい、うるせぇ音がするからどうしたのかと思ってきてみれば…なんでミルフィオーレがこんなとこにいやがる」 「…スペルビ・スクアーロですか…あなたでは自分の手に負えません…なので、ここで失礼させていただきますよ」 「ふざけんなぁ!てめぇはここで叩っ斬る!!」 スクアーロが、剣を男に向かって振り下ろした。 けど、剣があたるとほぼ同時に男の姿は霧散して、その場にはただ、あたしの鼻を啜る音と、スクアーロの舌打ちだけが響いた。 じ、と消えた男が居た場所を数秒眺めてから、戸惑いがちにスクアーロがこっちに振り向く。 あたしがごしごしと目元を擦っていると、スクアーロに無理矢理上を向かされた。 「っわぶ!?」 「ぶっさいくな面してんじゃねぇ…美遊」 「、ぶさいくて…失礼、です、スクアーロさん」 がしがしと乱暴に、でも優しく、スクアーロのパーカーの袖で目元を拭われた。止まった涙に、湿った袖。 スクアーロはあたしの前に立って、あたしを見下ろしたまま、何も言わない。 何を言えばいいのか…えと、あ、まずお礼を言わなきゃ…。 「「あ、」」 黙り込む。 「「先に、」」 「、…」 「……」 なにこのベタな展開…。 しっかりハモってしまったあたしとスクアーロは、なんだか2人して顔を赤く染めながら、俯いてしまった。 なんかスクアーロって意外と純情だから、つられちゃうんだよね…。 スクアーロが何も言い出さないのを確認して、あたしはもう一度口を開いた。 「…助けてくれて、ありがとうございました。スクアーロさんが来てくれてなかったら…多分、もうここには居なかったと思う…から」 「…あ゙ぁ…。…だが、何でミルフィオーレが美遊に…?」 「白蘭、って人があたしを探してるって…」 「!?白蘭だとぉ!」 スクアーロの目が見開かれて、あたしは思わず半歩後退した。スクアーロは気付いてないっぽいので良しとする。 ぶつぶつと何かを呟きながら、顎に手を添えて思案するスクアーロを眺めた。 私服だ…きっと今日はオフだったんだろう。せっかくの休日にわざわざ、ちょっと壺が割れた音を聞いただけで、様子を見に来てくれた。結果あたしは、助けられた。 スクアーロのおかげで、まだフランといられる。 喜びとよくわからない…罪悪感のような感情が、胸を締めた。 「白蘭のことはあたしもわからないです…けど、本当にありがとう、スクアーロさん」 「…礼はキスでいいぜぇ」 にやりとイタズラっぽく笑うスクアーロ。 あたしは言っていい冗談と悪い冗談がありますよ、と笑ってから、スクアーロの髪の毛を一束手に取った。 そっと落とすキスに、最上級の感謝を込めて。 (髪に神経が通ってねぇのをこんなに恨んだ日はないぜぇ…) ← → 戻 |