もらう 2人で適当に街をぶらついて、お昼が近づいてきたからこの街で一番美味しい珈琲と紅茶を出しているらしい喫茶店に入った。 フランは相変わらず、たまに哀しそう…というか、申し訳なさそうな…罪悪感を感じているような顔をする。 さすがに何度もその表情を見て察せないほど、あたしは鈍感ではないつもりだ。 多分フランは…あたしを外に出さなかったのはフラン自身だから、それを気にしてるんじゃないかと思う。思うけど、それをあたしが口にして「気にしてないよ」とか、そういうことを言ってもフランにとっては気休めにもならないと思うから…。 「美遊、どうしたんですかー?」 「…ううん、紅茶美味しいなーって思ってただけ」 今は、何も言わないでいよう。 そうですかー、って微笑むフランを見て、あたしもふわりと笑った。 「さて、次はどこ行きますー?」 「ん、んー…って言ってもほとんど店見たし…あたしはもういいよ」 「え」 「え、何その顔」 喫茶店から出た後、店の前で売っていたジェラートを買って舐めながら、フランと並びどこを目指すでもなく歩く。 服も見たし、アクセサリーや他の小物とかも見たし…うん、本当にあたしはもういい。すぐ帰っても良いくらい。 あ、でも向こうに見える海に行ってみたいかも。 もういいよ、と言ったあたしに対して、困ったような焦ったような表情を浮かべるフラン。 だから「どこか行きたい場所あるの?」って訊いたのに、フランは言葉を濁す。どうやら何かを悩んでいるらしい。…何を? 道の真ん中で、ジェラートを片手に持ったまま、ぽつんと立ち尽くすあたし達。 フランのジェラート溶けそうなんですけど…。 ぽた、と地面に溶けたジェラートの雫が落ちたとき、フランのジェラートを持っていない方の手が、あたしの手を掴んだ。 「ちょっ、何!ジェラート落ちるっ」 「ジェラートなんてあとでまた買ってあげますからー、とりあえずこっち来てくださーい」 「こっちってどっち…!」 すたすたとほんの少し早歩きなフランに手を引かれて、何回か転けそうになりながら必死について行く。 ちょっとだけ息が上がってきた頃、やっとフランは立ち止まった。 あまりにも急に立ち止まるから、ぶっ!てフランの背中にぶつかってしまう。ジェラートをぶつけないように頑張ったあたしを褒めて欲しい! フランから顔を離して、目の前の店に目をやった。 そして暫し、唖然。 「何してんですか美遊ー、すっごいアホ面ですよー」 「え、いや、てか腹立つな君は…じゃなくて、何ここ」 「見て分かんないんですかー?ジュエリーショップでしょーどっからどう見ても」 「いや…それは分かるけど、なんか、…」 すんっごく高そう、というか、絶対高いだろ、だってなんかすごい0が多くてキラキラが半端じゃないネックレスが飾られてあるもの。あんなの買うものじゃないもの。 え、入るの?入るわけないよね?その意味を込めてフランを見上げる。 フランはにぃ、と口角を上げて、あたしの手を握る力を強めた。言外に、逃げるなとでも言うように。 あ、なんか冷や汗とまんない。 こんなセレブなお店一般庶民のあたしには敷居が高すぎるってあああ! あたしの抵抗も空しく、あたしはフランに半ば引き摺られながら店内に入った。 フランのばか! 「いらっしゃいませフラン様、お待ちしておりました」 「あれ持ってきてもらえますー?あ、ちゃんと包んでくださいねー」 「はい、少々お待ち下さいませ」 「…なに、何か受け取りに来ただけ…?」 「そうですよー。あ、暇だったら見て回っててもいいですよー店ん中」 「、ううん…」 確かにまあ、見てみたい、けど。 「まあ汚したり壊したりしたらとんでもない額請求されますけどねー」 「絶対行かない」 フランのその言葉が耳に入った瞬間、フランの左腕にしっかと抱き付いた。 絶対フランから離れないようにしよう…何も見ないし何も触らない!興味は引かれるけどもし壊しちゃったら…そ、そんなお金あたし無いもん! 暫く経って店員さんが持ってきた小さな紙袋を受け取って、フランはありがとうございますーといつも通りの声音でお礼を言った。 お金を払う様子がないから、お金は?って訊いたら、先に払っていたらしい。 他に何かを見ることもなく、あたし達はすぐに店を出た。ていうかなんか怖いから早く出ようってあたしが急かした。 店から出て、たまに言葉を交わしながらフランの一歩後ろを歩いていく。 手は、繋いだまま。 繋いでいる手と反対の手に紙袋を持つフランは、中身は何なのか問いかけてもはぐらかすばかりで答えてくれない。 ジュエリーショップといえば女の人への贈り物…だよ、ね…。他の人へのだったらどうしよう、あたし泣くかも。 「……」 なんか自分めちゃくちゃフランのこと好きだな、なんて今更なことを考えていたら、いつの間にか海が見渡せる小さな公園みたいなとこに、来ていた。 あたしより一足先にベンチに座ったフランが、立ったままのあたしをちょいちょいと手招く。 素直にそれに従って、フランの隣に座った。 …こっちに来たばかりくらいの頃に、フランの足下に座らされたのを思い出して、今度は隣に座っても怒られなかったな…なんてぼんやり。 「美遊、目閉じてくださいー」 「は、目?」 「目ー」 「変なことするんじゃないの…」 「例えばー?」 「…おでこに肉って書くとか」 「あ、いいですねーそれ」 その言葉と同時にバッと立ち上がるあたし、の手をフランが素早く掴む。 冗談ですよーと笑うフランにすとん、とベンチに座り直されたあたしは、もう一回目を閉じるよう言ったフランの言葉に、おとなしく従った。というかね、従うしかないよねこれ。 私は、なんとなく頭の中で、1秒…2秒…、とカウントしていた。 左手が持ち上がる感覚。 フランの手の温かさを感じて。 薬指に、ひんやりとした何かが通る感覚。 「もう開けていいですよー」 きっかり20秒経ったとき、フランが微妙に緊張したような声で、そう言った。 あたしもなんか、すごく緊張してて、ものすごくゆっくり瞼を持ち上げた。 左手の薬指に、シルバーの、リング。 綺麗なエメラルドグリーンの石がついていて、それは、フランの髪や瞳と、同じ色だった。 じっとそれを眺めてから、驚きで目を丸くしたままフランを見つめる。 フランは珍しく、照れたように頬をぽりぽりと引っ掻いていた。 「こ、れ」 「…ミーは暗殺者ですしー…、世界が違うとか、いろいろ問題はあると思うんですけどー」 フランは、あたしから逸らしていた視線を、まっすぐあたしに戻して、あたしの左手をゆっくり持ち上げた。 ちゅ、と指輪をはめた薬指に、口付けを落とされる。 かああ、と顔に熱が集まった。えあちょ、ちょっと待って、心臓うるさい…! どきどきしすぎて、フランの声が遠く感じる。 「美遊を幸せにするって、誓いますからー。その証に、」 「ふら、ん…」 「あれ、美遊泣いてるんですかー?」 最初はじわあと溢れてきた涙も、今はぼろぼろ零れてしまっていて、ありがとうとか嬉しいとか、今めちゃくちゃ幸せだって、伝えたいのに、言葉にならない。 涙のせいで言葉にならない言葉を発しながら、フランに思い切り抱き付いた。 あたし、フランに愛されてるって、すごくすごく愛されてるって、自惚れて…いい、んだよね…? 泣き続けるあたしの背中を、フランは「美遊は泣き虫ですねー」とかって笑いながら、優しく撫で続けてくれた。 「あ、ちなみにお揃いですよー」 そう言ったフランの左手の薬指には、あたしの髪と同じ色の石が入った、同じデザインの指輪がついていた。 (さっきのフランを真似て、あたしもそっとフランの薬指にキスをした) ← → 戻 |