きめる   



桃色の煙が晴れた瞬間、あたしの視界に入ったのはまさしく地獄だった。
おおう…なんだこれ…すごい…。

かなり本気の表情でバトっているベルとフランに唖然としていたら、あたしが戻ってきたことに気付いたフランがすごい勢いで抱き付いてきた。
あたしの身体は重力に従って、後頭部が地面とこんにちはー!って痛ー!
涙目でフランを見上げると、フランは猫とか犬みたいにあたしに擦り寄ってて、何回もあたしの名前を呼んでて。
ふと視線を向けたら、珍しくバツの悪そうな顔をしているベルと目が合った。

「…ただいま、フラン」
「…、美遊のバカー」
「え、ひどっ!」
「ミーに断りもなく消えるなんて何様なんですかー、ペットの癖に」
「それはあたしの所為じゃ…」
「でも」

むくりと顔を上げたフランの視線がぶつかる。
口を噤んだあたしに、フランはそっと触れるだけのキスをした。
何故か泣きそうになるのを、堪える。

「帰ってきてくれて、良かったー」
「っ…うん、ごめんね」
「まあ後でお仕置きはしますけどねー」

えぇえー。

そんなあたし達を見ていたベルが、無言でナイフを投げてきた。
ビクッとしたけど、それは当たることなく、あたしの顔の横10cmくらいのところに刺さる。
無表情だけど殺気の籠もった視線でベルを睨むフランに、ベルはししっと笑った。

「王子ムシすんなよ」
「堕王子はさっさと帰ってくれますー?じゃないとまた焼きますよー」
「焼くの!?」
「ししっ、やってみ」
「チッ。ちょっと美遊待っててくださいねー、ごみ処理してくるんで」
「いやいやいや、待ってフラン!ストップ!」

ナイフを構えるベルと殺気駄々漏れのフランの間に、慌てて入る。
何でですかー、ってあたしを見るフランは明らかに怒っていて、少したじろいだ。
けど、今のあたしはベルに少なからず感謝しているわけで…そのベルと目の前で喧嘩、も、あまりして欲しくない…。
何て言おうか迷いながら、あたしはフランの肩を掴んだまま、顔だけをベルに向けた。

「10年後の世界に行かせてくれてありがとうございます、ベルさんのおかげで決意できました。だから、ありがとう」
「別に、オレが10年後のお前見たかっただけだし」
「でも、ありがとう」
「…しししっ、どーいたしまして。カエルがすんげー目で睨んでるから今日は帰ってやるよ」

ベルはそう言って床に刺さったナイフを抜いて、部屋の出入り口までのんびりと歩いていった。
あまりにもゆっくりな歩調に、もしかして何か言いたいことがあるのかな、と思う。
でもフランの機嫌が最高潮に悪いのも確か。
もうベルに話しかけない方が良いよね…。

黙ってベルを見つめるあたしとフランに、扉に手をかけたベルがくるりと振り向いた。
その雰囲気に、びくりと身体が揺れる。
フランが、あたしの身体を引き寄せた。

「お前さ、死んだの?」
「、え…?」
「10年バズーカって普通、未来の自分と入れ替わるんだぜ?なのにお前が消えた後、誰も現れなかった。なあ、何で?」

やっぱり、なんて、心の中で納得してた。
10年後のフランが、あたしは帰ったって言ってたのに、ここに未来のあたしが現れたら可笑しいもんね。
10年バズーカでも、世界は越えられないんだ。

「美遊、センパイなんかの質問に答えることないですよー」
「てんめっ、クソガエル、今お前カンケーねぇだろ、オレは美遊に訊いてんだよ」
「堕王子が美遊の名前を軽々しく呼ばないでくれますかー?」

フランはベルからあたしが見えないように、あたしをぎゅうって抱き締めてて、あたしは2人の会話をどこか遠いところで聞いていた。
死んだわけじゃない、と思う。
だからって異世界からきましたー、なんて言うつもりはないし…。
あたしはもぞもぞと顔を出して、ベルに小さく頭を下げた。

「ごめんなさい、あたしにもそれはよく…わからない、から」
「ちょ、美遊…っ」
「ふぅん…?…ま、ならいーけど」

ベルは最後にしししともう一回笑った後、フランにナイフを2本投げて帰っていった。
カエル帽子に刺さったナイフを帽子ごと投げ捨てて、フランは鋭い瞳であたしを見てくる。

いやー…しかし…あたし、フランが怒ることしたな…。
ベルの名前呼んだし、会話したし、あたしにもベルにもそういう気はまったく無いとはいえ…。

「あの、フラン…?」
「…なんですかー」
「怒ってる?」
「…ミー、すっごく心配したんですよー。普通なら5分で戻ってくるのに帰ってこないしー、しかも帰ってきた美遊は堕王子なんかと話しますしー?」
「ご…ごめん」
「まあ…お仕置きは後で良いですよー」

お仕置きはするんだ…。
忘れてくれてれば良かったのに、と思いながら、あたしは自分からフランを強く抱き締めた。

未来のフランにした約束。
何をどうしたらいいのかなんて分からないけど…。
首に掛かっているリングのペンダントが、きらりと煌めいた気がした。

「あたし、探すから」
「何を、ですかー?」

俯いて、唇をきゅっと結んで、ごちゃごちゃの頭を整理しながら、フランに顔を向けた。
ちゅ、と唇同士が触れる。
驚いているフランに、笑みを漏らした。


「フランと、ずっと一緒に居られる未来を」


 (微笑む美遊が今にも消えそうで儚くて、泣きたくなった)


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