うすれる   


すっごい嫌っそーな顔をして、フランはさっき任務に出て行った。
絶対部屋から出るなと念を押され、ご飯はどうするのかと聞いたら、時間になれば使用人が持ってくると言われたときには、どんなVIP待遇だと言葉も出なかった。


フランの部屋にある本を適当にぱらぱらと捲っていたら、あっという間に時間は経つ。
イタリア語は少ししか読めない。しかも挨拶とかちょっとした単語程度の、簡単な言葉しか。
だから日本語か、せめて英語の本を読んでみていた。
あたしは知らない奴だけど、日本のと思われるマンガのイタリア語版があって、つい笑った。
フラン、マンガとか読むんだ。

「なんか可愛いー」

そのまま本やマンガを読んでいたら、コンコンと遠慮がちなノックの音が聞こえた。
フランは自分の部屋だからノックなんかしないし、もしベルだったとしても彼は勝手に入ってくる。
時間的に、晩ご飯を持ってきてくれた使用人さんだろうか。

どうぞー、と声をかけたら、ゆっくりとドアが開いて、白髪交じりのおじさんが恭しく一礼をした。
おお、セバスチャンって感じ。

「失礼いたします、美遊様。お料理をお持ちしました」
「あ、ありがとうございます」

華麗な手捌きでテーブルの上に料理を並べていくセバスさん(仮)。
並べ終えて、もう一度あたしに礼をしてから、失礼いたしましたと言ってセバスさん(仮)は部屋から出て行った。
なんという早業。

「いただきまーす」

美味しい匂いのするディナーに舌鼓を打っていたら、右手に何か違和感を感じた。
ナイフを持つ右手に目をやる。
一瞬、右手が透けて見えた。

「…?」

こしこしと目を擦って見直してみたら、いつもと変わりない右手。
気のせい、かな…。
そう思って食事を再開した。

デザートまでを食べ終わり、お風呂に入る準備をする。
9時には帰ってくるってフランは言っていたから、もうすぐ帰ってくるかな…。
フランの帰りを楽しみにしている自分に気付いて、小さく苦笑を漏らした。
たった1日2日で、どれだけフランに溺れてんだあたしは。

「――っ美遊!」
「うわっ、フラン…脅かさないでよ」

いきなり後ろから抱き付いてきたフランに、びくっと身体を震わせた。
あたしの肩に顎を乗せているフランからはわずかに血の匂い。

やっぱり、暗殺者なんだな。

一緒にいるときのフランからは、あまり暗殺者って雰囲気を感じなくて、だから忘れがちだけど、この人は、そういう仕事をしているんだよね。
まあ、だからってフランへのあたしの態度は変わらないんだけど。

「…フラン?」

あたしの肩に顔を埋めて腰に手を回したまま、フランが動かない。
ぎゅうってすごい強い力で抱き締められて、痛い…ちょ、フラン待ってやめて胃が出る!

と、フランは勢いよく顔を上げて、鬼気迫った表情で口を開いた。

「美遊、あのリング!美遊が持ってたリングは!?」
「え?机の上だけど…」
「早くつけろ!」
「は?」

フランは血相を変えて机に駆け寄ると、ペンダントについたリングを持って直ぐさまあたしの所に戻ってきた。
よく、意味が分からない。
なんでそんなに焦ってんの?フラン。口調おかしいよ。

ちらりと自分の身体に目をやった。
そこでやっと、私は自分に起きている異変に気がついた。

「なに、これ、」

自分の身体が、ぼんやりと透けている。
まるで、今にも消えようとしているみたいに。
びっくりして慌てているあたしの首に、フランがペンダントを無理矢理かけた。

そしてまた、あたしをきつく抱き締める。

「消えないで美遊、消えないで」
「…フラン…」

少し時間が経つと、あたしの身体は透けなくなった。
フランも安堵したような表情で、けど、どこか怒っているような顔であたしを見ている。
小さく吐いた溜息が、あたしの首に掛かった。

「…美遊、そのリング、肌身離さず持ってくださいねー」
「う、…ん」
「絶対、ですよー」
「う…ん、ごめん、フラン」

「…、消えなくて、良かったですー」


その後フランは、ずっと、ずっと、あたしから手を離さなかった。
もしかしたらフランは、あたしから離れることを、怖がってくれたんじゃないか、なんて。


(自惚れか、それとも願望か)


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