あれから一ヶ月。

すっかり、とは言わないまでも立ち直った私は大学も始まり、また新しいバイトの面接もいくつか受け、その中でも絶対受かりたい!と思っていたバイト先でめでたく働ける事が決まった。
今日はその、初出勤日。

「おはようございます」

裏口から店内に入り、開店準備中の店員さん達に声をかける。
何人かは面接の日に見たことがある人たちで、その中でも店長の次に偉いらしい女の人が「おはよう!」と駆け寄ってきてくれた。

「みんなへの紹介は後でするから、まずは更衣室で着替えてきてくれる?その後店長紹介するから。面接の時は会えなかったよね」
「あ、はい、わかりました」

いそいそと更衣室に引っ込み、白いシャツと黒のプリーツスカート、黒地のエプロンに着替える。

私が今日から働くお店は、夏に出来たばかりの喫茶店だ。
ニュースで何度か見たあのお店で、働きたいと思ったのはつい最近だった。
店名で決めてしまったのだけど、店員さん達も良い人ばかりだったし、ここで働けて良かったと思う。まだ、この先どうなるかはわからないけれど。

店長さんには面接の時に会えなくて、さっきの女性に面接をしてもらった。
会ったことのない店長がものすごい怖い人とかじゃないと良いんだけど、と思いはしたけれど。
……まあいきなり首と胴をさよならさせようとする人じゃない限り、大丈夫だろう。

「お待たせしました」
「……うん、いいね。似合ってるよ」
「あ、ありがとうございます」
「んで、あそこにいるのが店長。あの人、君の履歴書ちらっと見ただけで合格決めちゃったんだよね、珍しい事なんだけど」
「そうなんですか?」
「うん。あー……っと、今はタイミング悪そうだから、紹介は後にしよっか」

更衣室を出た先で待っていた彼女は、こそこそと隠れるように店内にいる男性を指さす。
視線の先の彼は他のバイトをきつく叱っているようで、その声はキッチンである此処まで響いていた。

「――何故このような簡単な事も出来ぬ!貴様のようなものは手駒にすら劣るわ!」
「店長、厳しいし口も悪いから怖いかもしれないけど……ま、悪い人じゃないから」
「、……ええ、」

苦笑気味の彼女にちいさく頷いて、視線の先の、怒り狂っている彼を見つめる。

まさか、こんなことってあるんだなあ。

「知ってます。優しくて、良い人だって」

何かを感じたのか、くるりと唐突に振り向いた姿はまさしくあの人で、嗚呼もう、ほんと、夢なら醒めないでほしい。勘違いならそう言って欲しい。
でもあの声、あの喋り方、あの姿。見間違える、はずがない。

「……、」

元就さん、と口の中で呟いた。
聞こえていないはずなのに、彼は真っ直ぐに私の方へと歩み寄ってくる。

嬉しいのと、怖いのと、どうすればいいのかわからない気持ちで満たされて、息が詰まった。妙な汗が首筋を伝う。

「店長、この子が今日から入る――…」
「よい、知っておる」

店長さんは、私の前に立って、まっすぐに視線を向けてくる。
その時にぷちん、と手首に違和感があって、思わず腕を見下ろした。

あの日からずっとつけたままだったミサンガが、ちぎれてた。

「え、あ、」

何で、とちぎれたミサンガを手に、呆然とする。
それを無言で眺めていた目前の彼は、ゆるく笑んで、左手を私の眼前へ掲げた。
そこには、ちぎれたミサンガが、引っかかっていた。

「も、となり、さん……?」
「……ほんの一月で、貴様は我の顔も忘れたのか」

我は数百年経とうとも、一日たりとて忘れたことは無いというに。

その言葉にちょっとだけめまいを感じたけれど、とにかく、目の前に立っている人が、私が大好きなあの人だってことは、確信できた。
わけがわからないし、理解も出来ないけど、でも、だけど。

「……やっと、見つけられました」
「そなたを見つけたのは、我が先ぞ」
「直接見つけたのは私ですから、私が先です」
「我が合格にせねば見つけられなかったであろう」
「……そういうとこ、変わってませんね」

溜息をつき、笑みを浮かべる。

ミサンガにかけた願い事はきっと、叶うんだろう。
だからこのタイミングで、ちぎれたんだ。

「小晴、」
「はい」
「此度は我も容赦せぬ。覚悟しておくがよい」
「……元就さんも、覚悟しててくださいね」

ずっとずっと、一緒にいてやるんですから。


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