ふと気付いたら、もう夕方になってしまっていた。

嗚呼、そろそろ晩ご飯の用意をしなきゃ。
そうぼんやり考えながら、うっすら暗くなってきた部屋の電気を、ぱちんとつける。


二人分のグラス。
物干し竿に干されている男物の浴衣。
棚の上の写真立ての中で笑う、二人の男女。
台所の流しには二人分の食器が水につけられていて、部屋のあちこちに残る、私以外の人の影に、泣きそうになった。
そう思った頃には、もう、涙が溢れていた。

「……、もと、なりさ、ー…っ」

声を上げて、泣いた。

嫌だよ、帰ってきて、私を置いていかないで。
こんなに好きなのに、元就さんのこと、大好きなのに、まだその気持ちも、ありがとうも、全然伝え切れてないのに。
何で帰っちゃうんですか、何で離れていくんですか。何で元就さんはそんな笑顔で、私とばいばい出来るの。
元就さん、元就さん、やだよ、やだ、帰ってきて、おいてかないで。
私をひとりにしないで。


――そんな言葉、いくら溢したって、もう意味がないのに。



ひとしきり泣き叫んで、喚いて、なぜか途中から元就さんへの一人愚痴大会が始まり、元就さんの浴衣を壁に叩き付けたところで、へたりと身体の力が抜けた。
少しだけ散らかってしまった部屋を呆然と眺め、涙の、最後の一滴が頬を伝う。

「片付けて、晩ご飯、食べなきゃ……」

自分に言い聞かせるように呟いて、立ち上がる。…立ち上がろうと、する。
けれど身体に力が入らなくて、私は顔を俯かせたまま、くしゃくしゃの、どうしようもない笑みを浮かべた。

ねえ元就さん、ヒーローって、こういう時に駆けつけてくれるものなんだよ。
「我が小晴を一人にすると思うたか?」なんて、いつものあの、子供じゃ絶対浮かべられないようないたずらっ子の笑顔を、見せてくださいよ。
ほら、早くしないと、私、どうしたらいいかわかんないじゃないですか。


「元就さん……、」


もうあの人の名前を呼ぶことも、呼ばれることもない。
逢いたいと思っても、どんなに願っても、きっともう、逢えない。
この空の下をどんなに探したって、あの人は、どこにもいない。

それでも、元就さんがここにいたのは、事実だから。


「元就さんの、ばか」


写真の中で、私に手を引かれて、ぶすくれた表情をしている元就さんの顔をなぞりながら、呟く。

自分で言ったんでしょう?
――その時は、私があなたを見つけます。って。

元就さんに会えなくても、会えたとしても、こんな顔の私を見たら、元就さん、きっとすっごい呆れた顔で頭はたいてくる。
それは、痛いからいやだ。
元就さんの呆れた目線って、地味にダメージでかいから、それも嫌。

それなら。

「……、よし!」

ぱん!と床に手をついて、勢いよく立ち上がる。

まずは投げつけた浴衣を畳んで、しまって。食器も片付けて、元就さんのせいで余計に増えた枕やらをしまっちゃおう。
その後は晩ご飯作って食べて、久しぶりのお一人様ライフを楽しむんだ。
一人で晩酌なんかしちゃってもいいかもしれない。
もう、この部屋で何をしていても、やかましいと怒る人はいないんだから。

そうと決めたら浴衣片付けなきゃ、と歩を進めたところで、おっと、と足を止めた。

「まずはこれを、元の場所に戻さなくちゃ」

踏んで壊れたりしちゃったら大変だ。
拾い上げたそれを眺めていたら自然と笑みが浮かんだ。軽く縁を撫でて、棚の上に戻す。

写真の中の私は、今が人生最高の幸せだと言わんばかりの表情で、元就さんと触れ合っていた。


back
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -