その日の、前日は。
とっても綺麗な夜空だった。
街の光があるから、そこまではっきりと星は見えないけれど。それでも綺麗で、ずっとずっと、眺めていたいと思った。

元就さんは、きっと、今日。元の世界へと帰っていく。


――…


その日は朝から、なんだか落ち着かなかった。
日が昇るのと同じくらいの時間に目覚めて、珍しくまだ眠っている元就さんの腕から抜け出し、ロフトから降りる。
顔を洗って歯を磨いて、冷蔵庫から取り出したお茶をペットボトルから直接飲んで、元に戻す。

ぼんやりと自分の部屋を見渡して、まだロフトに元就さんの姿があることに、安堵した。

金環日食の起こる時間まで、あと、九時間。
元就さんと一緒にいられるのは、残り、九時間。
たったそれだけの時間をどう過ごせばいいんだろう、何を話せばいいんだろう。
台所のシンクの縁に片手をついて、なんだか、泣きそうになった。

「小晴、起きていたのか」
「っわ、あ、はい。…おはようございます、元就さん」

半身を起こした元就さんが、ロフトから私を見下ろしている。
ほんの少し髪の毛が跳ねてて、少し笑えた。

元就さんはいつものようにロフトから飛び降り、さっきの私と同じように顔を洗いに行って、その間に私は部屋のカーテンを開ける。
今日も良い天気で、綺麗な朝焼けが見えた。

「何をぼんやりしておる。日輪を拝むぞ、小晴」
「、……はい」

私の横をすり抜け、ベランダの窓に手をかけ、元就さんは外に出る。
それに続くように私もベランダに出て、ビルの向こうにぼんやり見える太陽を眺めた。

こうやって元就さんと毎朝太陽を見るのも、これが最後、か。
この夏は毎日、早起きだったなあ。
元就さんが来なかったらきっと、私は今もぐっすり寝てたんだろう。で、昼過ぎに起きてテレビを見ながら、「あー今日が日蝕だったんだ」なんて思うんだ。

「元就さんが来て、いろいろ変わりましたねぇ……」
「……」
「早起きするようになったし、家事も毎日ちゃんとするようになったし、あとちょっと体重増えたし。良い事尽くめじゃないですけど、やっぱり、元就さんが来てくれて良かったです」

にへらと気の抜けた笑みを向ければ、元就さんは肩をすくめて笑った。

「さ、てと。私は朝ご飯の用意してきます」
「小晴」
「はい?」

部屋へ戻ろうと窓に手をかけた私の手を引き、静かに名前を呼ぶ。
振り向いた視界に入った元就さんの表情はとても柔らかなもので、ああ、せっかく覚悟したのに。決意が鈍りそうだ。

元就さんはもう慣れたように私に口付けを落として、微笑む。
私はまだまだ慣れてなくて、真っ赤になった顔で俯いた。

「……我は焼き魚が食べたい」

振ってきた言葉に思わず吹き出して、元就さんを見上げる。
いつも通りの元就さんが、そこにはいた。
……本当、優しくて意地悪な人だ。

「わかりました。ちょっと時間かかりますけど、良いですよね?」
「あまり待たせるでないぞ」
「余計な注文する元就さんが悪いんですよ」

大丈夫、笑えてる。

私はちゃんと、笑顔で元就さんを、見送れる。


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