まずは買い物に行かなきゃいけないだろう、と私はトイレで着替えていた。 この世界での過ごし方や、物の使い方も説明しなきゃいけない。 毛利さんは頭が良いだろうから、すぐにわかってもらえそうなのが救いだ。私の説明で、理解してもらえるかは不安だけど。 「あ、毛利さん、服…入りましたか?」 「……」 着替えを終え、トイレから部屋に戻る。 そこにはもの凄く不服そうな顔で、私のTシャツとジーンズを身に纏っている毛利さんの姿があった。 若干、ジーンズの丈が足りないようだから折った方がいいかもしれない。 「ちょっと、失礼しますね」 毛利さんの足下にしゃがみこみ、ジーンズの裾を折る。 一瞬、身を引くように毛利さんの体が震えたのを見て、顔を上げた。 「…貴様は我に跪くのが似合いよ」 「な、何なんですかいきなり…」 よくわからない人だな、とほんの少しだけ眉尻を下げる。 毛利さんにはクロックスを、私は先週買ったばかりのミュールを履いて、部屋を出た。 「外には、車…ええと、馬より速く走る…鉄の箱?とか、自動で動く階段とか、いろいろありますけど、びっくりしないでくださいね」 「我を侮るか、それしきのことで我が驚くはずもない」 「そうですか、ごめんなさい」 笑って、エレベーターのボタンを押す。 買い物は、滞り無く終えることが出来た。 お金をおろし、毛利さんの家着に浴衣を何着か、外着に現代風の服を二着ほどと、靴も買いそろえる。 他にも日用品や必要そうなものは買った。 あとは、ついでに晩ご飯の材料…親しみが多少あった方がいいかと、魚中心に和食の材料を、買って。 目にする、見たこともない物にあれは何かと度々問いかけてくる毛利さんが、少し微笑ましかった。 家に帰ったのは夕方、とは言え夏ということもあり空模様的にはまだ昼間。 買ってきた物を整理している私をほっぽって、毛利さんはベランダにいる。気持ちよさそうに日光浴をしていた。 そういえば、この人は日輪を崇めていたのだっけ、と思い出す。 確かに、太陽光を浴びると気持ちがしゃんとする。 温かくて、ほっとして、ちょっと眩しいけど、今日も一日頑張ろう、って気持ちになれる。私も太陽は好きだ。 だから、ちょっと高いけどあの天窓のついている最上階の、この部屋を選んだ。 冷蔵庫に魚や野菜をしまい終え、二つのコップに麦茶を注ぎ、部屋に戻る。さっき買ったわらび餅も忘れずに。 黄緑色のさほど大きくないテーブルに、コースターを敷いて、その上にコップをおいた。 きなこがまぶされたわらび餅は二つの皿に分け、それぞれに和菓子用の楊枝を添える。 「毛利さん、おやつにしませんか」 「…それは?」 「わらび餅です。美味しいですよ、私好きなんです」 毛利さんがベランダから部屋に入ってきた。からりと窓が閉まる音がする。 わらび餅へと視線を落とし、すぐに訝しげな目を私に向ける。 「よもや我に毒を盛ろうなどと考えてはおるまいな」静かな声で告げられ、目が丸くなった。…戦国時代の人は、考えが物騒だ。 「毒なんて、一般人はそうそう手に入れられませんよ」 「…確かに、貴様のように愚鈍な者が、そのような真似は出来ぬか」 「……」 失礼だなと思いつつも、間違ってはいないので黙り込む。 昔からしょっちゅう周りの人に、鈍くさい鈍くさいと言われ続けていたから、慣れてるし。動きも鈍けりゃ中身も鈍いわね、とは一つ違いの姉の言葉である。 はくり、と綺麗な動きで毛利さんはわらび餅を一つ、口に含んだ。 綺麗な人はわらび餅を食べるだけでも絵になるんだな。食べ方が上品なのは、一国の主だからか、毛利さんだからか。 「ふむ、悪くはない」 「なら、良かったです」 私もわらび餅をひとつ取り、口に放り込む。 きなこがぱらぱらと胸元に落ちたのを見て、また、毛利さんは呆れきった目線を私に向けてくれた。 ← → back |