その後は何でもない、いつも通りの日常を過ごした。
テレビを見たり、パソコンをいじったり、二人でゲームなんかしてみたり。
ゲームをしている最中に「策は巡っても腕は回らないようですねえ」と使っていたキャラが死んだ元就さんににんまり笑顔を向けてみれば、コントローラーを投げつけられた。ほんの冗談だったのに。

そして、もうすぐ午後の一時が来る。

やり残したことはもう無いと、元就さんはこっちに来た時の戦装束に身を包んで、壁に立て掛けられていた輪刀を手にし、いつもの座椅子に座っている。
すごいアンバランスな光景だ、と思いながら私はその隣でアイスコーヒーを飲んでいた。
テレビを消した部屋は、ひどく静かだ。
窓の向こうに見える太陽はゆっくりと欠けはじめていて、カウントダウンが始まったみたいだな、とまた泣きそうになる。

「小晴」

窓の外をじっと見上げたまま、元就さんが口を開いた。
けれど言葉が続くことはなく、また部屋に沈黙が落ちる。

元就さんも、別れを惜しんでくれていたらいい。離れたくない、帰りたくないって、そう思ってくれたら、それだけで私は充分だ。
それ以上のわがままは、言わないし、思わない。
離れたくないなんて、私は、考えない。

「、……小晴、我と、共に来るつもりはないか」
「っ、……、え?」

元就さんに投げかけられた言葉を、理解するのに時間がかかった。

――我と、共に来るつもりはないか。

どういう意味だろう、と考えて、いやそういう意味でしょう、とまた自分で答える。
頭の中で元就さんの問いかけがぐるぐると回って、ちょっとだけ頭が痛くなった。

「我は小晴、そなたを好いておる。この先、小晴以上に大切に想えるものなど、永劫見つからぬだろうと思うほどに」
「……、」
「小晴、我は、そなたと共に在りたい」

涙腺が一気に緩みかけたのを、必死に止める。

そして、考えた。言葉の答えを。
元就さんと一緒に行くってことは、私がこの世界を捨てるって事だ。
友達も、家族も、大学も、全部全部捨てて、元就さん以外誰も私のことを知らない世界へ行く。
……きっと元就さんは、私をとても大事にしてくれるだろう。いつだって、どこでだって、私を守ってくれる、私のヒーロー。
でも、良いことだけなはずがない。
平凡な世界で生きてきた私が、あの世界で生きていけるとは到底思えない。
戦えもしない私はきっと、元就さんの弱みになってしまう。
仮に結婚する、みたいな事になったとしても、身分なんてものが無い私と元就さんが結ばれるには、たくさんの苦労が必要だと思う。

それに、なにより。
――次々に浮かんでくるのは、私にやっと彼氏が出来たと嬉しそうに笑う友達の顔や、私を今まで育ててきてくれた家族の顔で。
私はその人達と、元就さんを、天秤にかけなきゃいけないのかと、哀しくなった。
どちらも同じくらい大切で、大好きな人。

だけどやっぱり、私は、私の居場所を捨てられない。

「……ごめん、なさい」

振り絞るように出した声は震えていて、弱々しくて、情けなかった。
窓の外を見つめたままの元就さんの背中に触れたくて、でも、天秤にかけた上で元就さんを切り捨てた私に、触れる権利は無いように思えて、触れられない。
涙は出ない、出せない。
それでも喉の奥が震えて、胸がぎゅうっと、痛かった。

「泣くでないわ」
「、泣いてない、です」

呆れたような溜息の後、元就さんの手が私の両手を包んだ。
その手がほんの少し透けているように見えて、息が詰まる。

「小晴がそう答えるであろうことくらい、我にはわかっていた」

その言葉に、ぼんやりと元就さんを見上げる。
わかってて、何で。
そう問いかけたいけれど、言葉は出ない。

「我が好いたのは、この世に居る小晴ぞ」

私の手を包む元就さんの手が、どんどん、薄くなっていく。
透けて、体温すらも感じなくなって、今にも消えてしまいそうだった。

「我は元の世に帰る。が、そなたに誓おう。……我は未来永劫、小晴のみを愛すと」
「もとなり、さ、」

手が、足が、元就さんの身体がどんどん消えていく。
薄ら暗くなった部屋で、元就さんの顔が、見えなくなっていく。

いやだいやだと泣きそうなのに、やっぱり涙は出なくて、だけど子供のようにだだをこねることも出来なくて、ぐっと、奥歯を食いしばった。
そっと元就さんは私の目尻を、もう消えてしまった指先で撫でるような仕草をして、唇同士を触れさせる。

「貴様のような愚鈍な者を、あのような世に置けるはずもないからな」
「……ひっさびさに、愚鈍って言いましたね」

ふ、と笑う元就さんの身体は、もう胸元の辺りまで消えてしまっている。

「小晴、そなたは永久に、我の物ぞ」
「元就さんもですよ?」
「我以外の男を見るなど、許さぬ」
「それ、ずっと独身でいろって事ですか」

「我は必ず、再び、そなたに逢いに行く」

「……その時は、私があなたを見つけてみせます」

一人きりの部屋で、ぽつり、呟いた。


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