「元就さん、花火しましょう、花火!」 友達に「余ったから」と半ば無理矢理に押しつけられた花火セットを両手に、家に帰るやいなやそう叫んだ私を元就さんは一瞬見やって、溜息をついた。 その反応は、ちょっと切ないです。 私も我ながらテンション高すぎだろうとは思ったけれど。 「それは、この前の花火とは違うのか」 「あ、はい。お祭りの時のは打ち上げ花火でしたけど、こっちは手に持ってやるんです。綺麗ですよ」 「……火薬をそのような事に使うとは…」 「ま、まあ今は平和な時代ですから……」 嘆息しつつも多少興味はあるみたいで、さっそく今夜、近くの河原で花火をすることにした。 雰囲気作りの為にまた元就さんに浴衣を着付けてもらい、花火とバケツ、ライターを持って河原へ。 薄ぼんやりと暗い河原は、思ったより虫も少なくて。 これならのんびり花火が出来そうだな、と花火セットに備え付けられていたロウソクに火をつけた。 「元就さん、はい、どうぞ」 「……これをどうするのだ」 「こっちを持って、先端のぴらぴらした紙は千切っちゃってください。で、そこに火をつけて…」 しゅばっ、と音を立てて元就さんの持つ花火からカラフルな火花が散る。 興味深そうにそれを眺めてる元就さんに笑みを向けて、私も持っていた花火に火をつけた。 赤、黄色、オレンジ、ピンク、緑。色んな炎をあげていく花火を眺めて、ちょっと振り回してみたり、走ってみたり。 「そのようにはしゃぐでない」と呆れ気味な元就さんに注意されてからは、大人しくしゃがみこんで花火を楽しんだ。 「綺麗ですね」 「……ああ」 花火もだけど、すっかり暗くなってしまった河原で、花火に照らされて時折浮かぶ元就さんの横顔が綺麗だ。 そんなこと、とても恥ずかしくて言えないけれど。 あっという間に花火は無くなってしまい、最後に残ったのは六本セットの線香花火だけになった。 これを最後にやるのが好きなんだよね、と。 元就さんに一本を渡して、私も一本、手に取る。 「この線香花火の火を、最後まで落とさないでいられたら、願い事が叶うらしいですよ」 興味なさそうに頷く元就さんにちょっと笑ってから、「どっちが長くつけていられるか、競争です!」と同時に火をつける。 ぱちぱちと広がる火花はやっぱり綺麗で、それに照らされる元就さんをちらりと見上げたら、視線が絡んだ。 その瞬間、元就さんがあんまりにも優しげに、微笑むものだから。 「っ……あ、」 「ふ、我の勝ちぞ」 揺れた手の振動で、線香花火の火が落ちてしまった。 せっかく、お願い事してたのに。 元就さんはさっきとは打って変わった悪い笑顔を浮かべて、二本目の線香花火を私へ差し出す。 むう、とほっぺを膨らませながら、二本目に火をつけた。 その頃には元就さんの線香花火の火も落ちてしまって、元就さんも二本目に火をつける。 夢みたいだ。漠然と、そう思った。 暗闇にかすれている元就さんの姿は、花火をしている間しかはっきりと見えない。 光に照らされて、目が眩みそうな中で、やっと見える元就さんの姿。 優しくて、あったかくて、でも時々いじわるな、私のヒーロー。 夢じゃないと良い。 でも、もしも夢なら、醒めないで欲しい。ずっと続いて欲しい。 ――だけど。 ぷるぷるっ、と、そんな考えを消し去るように首を左右に振った。 同時に火が落ちて、私の持っていた線香花火はまた、消える。 「…どうした?」 「、いえ……髪の毛がくすぐったくて」 取り繕うように笑って、最後の三本目。手にとって、ロウソクに近づける。 私の夢が覚めないってことは、元就さんが、自分の世界に帰れないってことだ。 それはきっと、元就さんにとってはとてもつらいこと。 私がもし、突然見知らぬ世界に連れていかれて、友達とも家族ともずっと会えないなんて事になったら。……きっと、哀しいし、さみしい。 元就さんには元の世界でやらなきゃいけないことがあって、国主だっていう重要な立場があって、だから、本当はもっと早く帰りたいはずなんだ。 それを私のわがままな感情で、引き留めることなんて、しちゃいけない。 「……小晴、」 「はい?」 元就さんの手が、私の頬に触れる。 それだけで、胸がいっぱいになる。 「この火を最後まで落とさずにいられたら、願いが叶うのであったな」 「え?あ、はい……」 ほれ、と言うように、元就さんは火の消えた線香花火を私の眼前に差し出した。 その先っぽは、まるくなったまま、燃え尽きている。 「我の願いは、叶うのだな?」 「……何を、願ったんですか?」 元就さんは薄く微笑んで、私の目尻に唇を落とした。 「小晴、そなたの幸福を」 ← → back |