ひどい、ひどい。私の気持ちをもてあそぶなんて。一瞬まじで元就さんのこと傷付けちゃったのかもって焦ったのに。 結局ひとつの布団の中で毛利さんに抱き締められながら、私はさっきとは違う恥ずかしさで顔を覆っていた。 ぶつぶつ文句を言うのも忘れない。 騙される貴様が悪いだなんて、それ完全に悪役のセリフじゃないですか。騙す人が悪いんですよ。そういう人だと知っているのに騙される自分も大概だとは思うけど、少なくとも悪くはない。…はず。 「もう元就さんの言うことなんて信じません…」 「…ほう、では小晴を好いておるという言葉もか?」 「う、…いや、それは、信じたいです…」 それまで嘘だったら私、立ち直れない。 でもそう言われたらちょっと不安になって、顔を覆っている手を避け、まさか嘘じゃないですよね?的な視線を向けてみる。 舌打ちされた。 「貴様は、阿呆だとは思っていたが、ここまでとは…」 「え、ちょ、ひどいです」 背中に回っていた腕に後頭部をはたかれ、反動で元就さんの胸元に顔を突っ込む。 い、痛い…。 「我は興味もない者に触れる趣味は無い」 その言葉には、確かに頷けた。 元就さんって自分の好き嫌いには正直そうだし、必要だとしても、嫌いだと思ったら絶対に触れない、気がする。 それに、あの日言われた言葉を、私は疑いたくない。 「…ごめんなさい」 「分かればよい」 さっき頭をはたいた手が、労るように後頭部を撫でる。 その手が気持ち良くて、目を伏せて元就さんの胸元に擦り寄った。温かくて、心臓が脈打つ音が心地良い。 「好きです、元就さん」 自然と言葉が漏れた。心底、そう思ったんだ。 ぴたりと私の頭を撫でる手が止まって、元就さんが静かに体を起こす。 え、な、何か私、変なことを言っちゃったんだろうか。 やや慌て気味に私も体を起こせば、元就さんはちろりと私を睨め付けた。 「貴様は、男というものを分かっておらぬ」 「……え?」 片手を口元に当て、深い溜息をつくのは毛利さんらしからぬ仕草だった。 言葉の意図を汲めず、ただきょとんとするばかりの私。その視界には襖と、障子の窓と、元就さんが映っていたのに。 とすん、と。 気が付いたら、天井と元就さんに、変わっていた。 背中には布団の柔らかい感触。見上げる先の元就さんは、なんとも言えない表情で、私を見下ろしている。両の手首は、元就さんの手によって顔の両側に縫い止められていた。 「…え、あ、…、え?」 言葉がうまく出てこない。 この状況は、どういうことだろう。浮かんだ疑問に、いやそういうことでしょうと脳内で返事をする。 かああっ、と全身が熱くなった。特に顔と、元就さんの触れている手首が、熱い。燃えてしまいそうだ。 じわりと瞳が潤むのは、何でだろう。 心臓が今にも破裂しそうなくらいにうるさい。壊れてしまいそうな、気すらする。 恥ずかしくて、目を逸らしたくて、でも元就さんの視線がそれは許さないって言っているような気がして…目がそらせない。 今にもパンクしてしまいそうな私を見下ろして、元就さんは数秒の後、吐息を漏らすように小さく笑った。 「言ったであろう、我は、小晴が嫌がるような事はせぬと」 ぱっ、と手が解放されて、元就さんは私を引き起こす。 そのままの勢いで抱き締められて、さっきまでうるさいくらいに跳ね回っていた心臓が少し、落ち着いた。 私の右肩におでこを当てている、元就さん。…これはこの人の、癖なんだろうか。 「あ、あの、元就さん」 「……」 「ええと、私、決して嫌なわけでは、なくてですね、その、心の準備が必要と言いますか、えと、…」 「もう良い、無理をするな」 自分でも何を言ってるのかわからなくなって、元就さんの肩に顔をうめて、ただその背中に腕を回した。 情けないな、私。 「今は、これだけで良い」 元就さんは体を離し、私の唇に軽く指先を触れる。 それが、何を言いたいのかわからないほど、私は子供ではなくて。 「嫌ではないのだろう?」 「…悪い顔になってますよ、元就さん」 くしゃりと笑って、そっと目を閉じる。 触れた温もりが、私たちの、初めてのキスだった。 ← → back |