今日は広島県内の旅館に一泊して、明日帰る、という予定だ。
予約を入れていた旅館に到着し、部屋へと案内される。この旅館は温泉と料理が良い、って話を友達に聞いていたから楽しみだ。

まあ、その友達には「誰と行くのか帰ってきたら根掘り葉掘り聞かせてもらうからね」と、悪魔のような笑みを向けられてしまったのだが。

「汗もかいちゃいましたし、温泉行きましょうか」

どうやら晩ご飯の用意は、温泉に入っている間にしてくれるらしい。
楽しみだなあ、と、着替えや必要な物を手に、元就さんと並んで温泉へ向かう。

「先にあがったらここで待っててくださいね」
「あまり我を待たせるでないぞ」
「私もなるべく早くはしますけど、元就さん、せっかくの旅行なんですから。ゆっくり温泉を楽しんでください」

赤の他人がたくさんいるところでお風呂に入るなんて、元就さん的には気が休まらないだろうけど。
まだ何か言いたげな元就さんの背を軽く押し、「じゃあまた後で!」と私は意気揚々と女湯ののれんをくぐった。


友達に聞いていた通り、温泉はとても気持ちが良かった。
特に露天風呂は夕方の風が涼しくて、最高で。元就さんも楽しんでくれてたらいいなあ、と、思っていたんだけど。

髪を乾かし終えて外に出れば、元就さんはひどくぶすくれた顔で、出てきた私を睨んでいた。
ひいん、怖い。

「あ、お、お待たせしちゃいました…?」
「二十分」

どんだけ早くあがったのこの人。

「す、すみません」

この世界に来てもう半月以上、順応力がおかしい元就さんは現代の時間の数え方まで完璧だ。
私の謝罪に、「あと五分遅かったら、」と何か危なっかしいことを言いそうになった元就さんに全力で謝りながら、その先は聞きたくなかったのでまたその背を押して、今度は部屋へと慌てて戻っていった。

戻ってみれば、机の上に並ぶ豪勢な晩ご飯。


そして、寝室の方に敷かれていた、ぴったりとくっついている二組の布団。


「……わあ」

気の抜けた声が出た。

「と、とりあえずご飯、食べますか…」

いそいそと今日着ていた服を鞄にしまい、寝室を後にする。
元就さんはちらりと布団を見やって、何かとても楽しそうな表情を浮かべていた。怖い。

「いただきます!」

布団のことは記憶の彼方に放り、目の前の豪華な晩ご飯に集中する。
お造りや鍋、見た目にも綺麗なそれらは味も素晴らしくて、来て良かったあ…と思わずうっとりしてしまった。
特にお刺身と吸い物は、今まで食べた中でも一番美味しかった。


――…


そして。

膳を下げてくれた女将さんにごゆっくり、と言われたのはもう一、二時間前か。
時計の針も十時を過ぎている。いつも家にいるときから考えて、そろそろ元就さんはおやすみの時間だろう。
私も久しぶりの遠出だったからか、疲れて眠い。

だけど、この布団である。

さっさと布団に横になってしまった元就さんを襖の前で見下ろして、どうしよう、私は佇んでしまっていた。
何でか、緊張してしまう。

「…何をしておる、早く来ぬか」
「え、あ、いや、はい…」

おずおず、無駄に時間をかけて布団へと近づき、その上に膝をつく。
何でこんなに緊張してるんだろう。恥ずかしい。

「そのように緊張する必要がどこにある?いつも一組の布団で共に寝ておるであろう」
「いや、そう…なん、ですけど、」
「……何かやましい事でも考えたのか?」

寝返りを打ち、私へと顔を向けた元就さんの顔はにやりとしていた。ああ、悪い顔してる。

「別に、やましいことなんて!」

ただちょっと、…だいぶ、恥ずかしいだけだ。
家ならいいけど、いや家でも良くはないんだけど、あれはもう慣れたし。でも、こうやって状況が変わってみると、好きな人の隣で寝るなんて、照れないわけがない。

妙な唸り声をあげながら、布団に入ることも出来ず、かといって逃げ出すことも出来ず、顔を俯かせる。
元就さんはそんな私に溜息を吐いて、体を起こした。

「小晴、」
「う、…はい」

ゆるりと視線を上げる。
私の髪を梳くように頭を撫でて、元就さんはその毛先に、唇を触れさせた。
びっくりして、瞬く間に、顔が熱くなる。

「も、元就さん?」
「我は、小晴が嫌がるような事はせぬ」
「…え?」
「故に、そのように身を縮こまらせる必要は無い。疲れておるのだろう、早く眠るがよい」

なにか、元就さんは勘違いをしてしまったようだ。
「それでも気になるのならば布団を離しても良いぞ」と告げられ、きょとんとしてしまった。

違う、のに。
そうじゃなくて、ただ、私は変わった状況が、恥ずかしかっただけで。

何も言わない私の気持ちをどう受け取ったのか、元就さんはそっと、私から手を離そうとする。
温かいのに、安心するのに、…その手に、離れていって欲しくない。
私は元就さんの手をとって、勢いよく、顔をあげた。

「ち、違っ、私恥ずかしかっただけで、私は、元就さんと一緒に寝たいです!」
「ふむ、そうか。ならば我の布団へ入るが良い」
「あれえ!?」

してやったり顔の元就さんに騙されたと気付くには、少しばかり遅すぎた。


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