大人が、子供にするように抱っこをされ、そのままお互い無言で部屋へと帰った。

元就さんは、私を座椅子にそっとおろす。
そしていつの間に場所を知ったのか、絆創膏や消毒液、ウエットティッシュを手に私の前へ膝をついて、やっぱり無言のまま、怪我をしていた左肘と両膝を消毒してくれた。
絆創膏を貼り終えた元就さんの目が、私を映す。


「返信が来ぬから、何かあったのではないかと、気付けば外へ出ていた」

「小晴の通るであろう道を辿っていれば、貴様の声がした。我の名を、呼ぶ声が」

「切羽詰まった声に、頭の奥が熱くなった。小晴があの虫螻に触れられているのを目にし、我は、心の臓がこれ以上なく痛んだのを、感じたのだ」


「小晴、遅くなって、すまなかった」


静かに、元就さんは淡々と言葉を紡いで、私の体を優しく抱き締めた。
あの時みたいに、元就さんは私の右肩に、頭を乗せる。右肩が、全身が、熱い。

「…元就さん」
「、」
「助けてくれて、ありがとうございました。元就さんが来てくれなか、ったら…私、……だから、元就さんが来てくれて、安心したんです。嬉しかった、んです」

消毒をしてくれていた時に見てしまった、気付いてしまった、元就さんの手。
手の甲が赤くなっているのは、私のために、あの男の人を殴ってくれたから。
そっと体を離した元就さんの手をとって、両手で包む。細いけど、ちゃんとした男の人の手。私を守ってくれた、優しい、温かい手だ。

「…ごめんなさい」
「何故、貴様が謝るのだ」
「私、元就さんに、迷惑かけてばかりだから」

何度も心配をかけて、怒らせて。
私は元就さんのために、いったい何が出来るんだろう。…何も、できない。

与えられてばかりで、何も返せない自分が嫌だった。

なのに、この手を離したくないと思ってしまう、自分が余計に嫌だった。
ああ、私は、元就さんのことが。


「…我は小晴に与えられるものを、迷惑だなどと思ったことは無い」

元就さんはするりと手を抜くと、私の髪を耳にかけるように梳きながら、頭を撫でた。
そのまま頬と頭の中間辺りを支えるように手を置かれ、顔が熱くなる。

だって、目の前の元就さんが、そんなにも綺麗に、微笑むから。

「あ、え、も、となり、さん」
「これは我の独り言よ」
「、う…、え?」

元就さんは、ゆっくりと口を開く。

「我は小晴という女を好いておる。その者と共に過ごし、その者の隣で眠り、日輪を浴びて目を覚ます。くだらぬが、今の我には、それが幸福なのだ」

人は、心底驚いた時にも声が出なくなるなんて、知らなかった。

「我は小晴と、共にありたいと願う。貴様は、どうだ」
「い、ひ、独り言なんじゃ、なかったんですか」

浮かぶのは、いたずらが成功した子供のような、でも子供には絶対できないだろう、悪い笑顔。
元就さんらしくて、思わず、肩の力が抜けてしまう。

この人には、敵うなんて思ったこともないけど…やっぱり敵わない。
全部わかってて、どうだなんて、私に言わせようとしてる。
いつから、どこから、この人の策だったんだろう。怖くてたまらないけど、でも、そんな元就さんの手を離したくないと思っているのは、私だ。

胸が苦しいのも、息が詰まるのも、鼻の奥がツンとして、泣きそうになるのも。
全部、ぜんぶ。

「私も、元就さんと、ずっと一緒にいたい…です」

突然部屋に降ってきた、この悪そうな顔で笑うヒーローのような人が、大好きだからなんだ。


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