朝の五時にタイマーでつくようセットしていたクーラーの風を感じて、ぶるりと体を震わせた。 なんだか頭がぼーっとする。喉の奥が乾燥して痛い。頭も痛い。 寝返りを打ったせいでめくれたのか、お腹が出ていた。手で服を引っ張って、布団の中に体を潜り込ませる。 「っげほ、けほ、」 突然出た空咳に、とっさに口元を押さえた。声までは抑えられなかったが。 とっくに目を覚ましていたんだろう毛利さ……元就、さんが私へと目線を向け、顔を顰めさせる。 「どうした」 「、あ…なんか、風邪ひいた、みたい?で…」 ぼんやりとした視界に、元就さんが映る。 元就さんの細い手が私に伸びて、ほんの少しあったかい手が、おでこに触れた。ああ、でも、冷たくて気持ち良い。 目を伏せて、軽く息を吐く。 「…熱いな」 枕元に置いていた体温計に手を伸ばして、熱を測ってみた。 三十七度六分。そこまで高くはないけれど、今日は一日安静にしていた方がいいだろう。 「夏風邪は馬鹿がひくと言うが…小晴、貴様はまさにその通りだな」 元就さんの言葉に、失礼ですと返す元気はなく、曖昧に笑みを漏らした。 「今日は、ごめんなさい、ご飯とか…作れないですけど。昨日の残りとか、あるんで。私は寝てますけど…元就さんは、普通に過ごして、ください。移したら悪いんで、あまり近付かないように……」 「貴様から病を移されるほど我は貧弱ではないわ」 するりと、撫でるように前髪を払いのけられた。 確かに元就さんは風邪とか、あんまりひきそうにないけど。 それでもやっぱり、万が一という事もある。 元就さんは小さくため息を吐いて、私を跨いで下へと降りる。 やっぱり、はしごは使わずに。 それを確認すると、私はまた強いなにかに誘われるように、深い眠りへと落ちていった。 ――… 何時間、眠っていたんだろう。 おでこに感じる心地良い冷たさに、私はふと目を覚ました。 天窓から見える空は、茜色に染まっている。もう、夕方なのか。そんなに、ずっと眠っていたのだと思うと、なぜだか申し訳ない気持ちになった。 おでこに手をやる。どうやら熱さまシートが貼られているらしい。 …元就さん、こんなの、どこで知ったんだろう。現代への順応力がすごい。 「目を覚ましたようだな」 「っ…わ、」 私の真横に、元就さんがあぐらをかいて座っていた。いつから、いたんだろう。 「気分はどうか」 汗で湿った私の髪を、梳くように払いながら、元就さんはゆるく微笑む。 「朝、よりは、楽になりました」 「…ならば良い」 何時間も水分をとっていないからか、ひどく掠れた声が出た。 ああ、でも冷蔵庫のポカリは切らしていたんだっけ。ゼリー飲料やおかゆも無いし、これは明日まで何も食べられないかな。 特にお腹が、空腹を訴えているわけではない。 だけど、喉は少し渇いている。水でも飲むべきだろうか、と起こしかけた体を支えるように、元就さんが背中へ手を回してくれた。 一人で暮らし始めてから、風邪をひいたときはいつも一人っきりで。熱があっても買い物は自分で行かなきゃいけなかったから。自分が動かなきゃ、何も出来ないから。 だから、今、元就さんがいてくれる事がとても嬉しい。 大丈夫か訊いてくれて、背中を支えてくれて、多分、看病もしてくれて。 私、恵まれてるな…。胸の奥が、じんと温かくなる。 「飲めるか?」 「……え?」 伏せていた目を開ければ、毛利さんの手にはポカリと、ゼリー飲料が乗せられていた。 …あれ、何でだろう。買い置きは無かった、はず、なのに。 「…も、毛利、じゃなくて、元就さ、まさか、お一人で外に?」 「何か問題でもあると言うのか?」 「え、あ、いや、問題は、無いんですけど、」 本当にこの人の順応力は、何なのだろう。 聞けば、ネットで風邪の時に必要な物を調べて、私の鍵と財布を拝借して買い物に行ったらしい。強すぎる。 「小晴はそれを飲んでおれ」 「あ、う、じゃあ、頂きます…」 キャップを外したポカリを渡され、それに口をつけてゆっくりと喉を潤した。 常温に近いぬるさのそれが、喉から食道を通っていくのがわかる。冷え切っているより、飲みやすかった。 三口ほど飲んだところでキャップを閉め、今度はゼリー飲料に手を伸ばす。それは二口も飲んだとこでほんの少し胃の辺りが気持ち悪くなり、飲むのをやめた。 いつの間にかロフトから下りていた毛利さんが、木製のお椀と匙を手にして戻ってくる。 ふわりと、ご飯と卵の良い香りが漂ってきて、首を傾げる。 「多少は無理をしてでも食べるがよい。物を食べねば治るものも治らぬ」 「も、え、元就さん、これ、どうしたんですか」 「我が作った」 びっくりして元就さんの持ってきてくれたお粥を見つめていたら、「何を呆けておる」と匙を口に突っ込まれた。熱っ……く、ない。 おいしい。お粥ってインスタントのしか食べたことなかったんだけど、普通に作れるんだ……当然のことだけど。 「元就さん、料理、お上手ですね…」 お椀と匙を受け取り、一口一口、しっかりと味を確かめるように食べていく。 風邪のせいか、美味しいんだけど、あまり味がわからないのがただ残念で仕方なかった。 「我にはこれくらい、造作もない」 「…さすがですね」 この人は、本当、いったい何が出来ないんだろう。 まるでヒーローみたいだ。 ← → back |