金環日食の日まで、あと十九日。

その日、私は妙な寝苦しさを覚えて目を覚ました。暑い。
今何時…と手探りで携帯を探すも、どこにあるのかわからない。
トン、と手が当たったのが何か分からなくて、うっすら目を開ける。天井が近くて、どうやら私はロフトにいるらしかった。
……うん?

何でロフトに、と思ったところでお腹の違和感に気が付く。
なにかが、お腹にまわっている。何だろう、と触って、すぐに理解した。腕。

「ー…っ!?」

びっくりして、でも慌てて動いて起こしてしまったら申し訳ないから、そっと体を反転させる。
部屋が映っていた視界は、天井、そして誰かの胸元へと移動した。

誰か、なんて、言うまでもないですよね…。


何でこんなことになっているんだろう、私は今日もちゃんと、下で寝ていたはずだ。
ロフトに上ってきた記憶なんてまったくない。
まさかあの毛利さんが私をここに連れてくるなんてことはしないだろうし、え、まじでどういうこと?

うんうん唸っていたのが悪かったのか、元から起きていたのか、「目を覚ましたのか」という声が降ってきた。
お腹…今は背中に回っている腕に、少しだけ力が入る。

「も、毛利さん、あの、これは一体、」
「夜中、貴様が厠に立ったと思えばそのまま真っ直ぐ我の元へと上ってきたのだろう。どうせ寝ぼけていたのではないか」
「っはあああ……!」

頭を抱えた。
な、何やってんの私…!

「す、すみません毛利さん、安眠妨害しちゃって、すぐおります」

体を起こそうとする、が、背中に回った腕に縫い止められて、動けない。
何で…と毛利さんを見上げようとすれば、もう片方の手で後頭部を押さえつけられた。
毛利さんの胸元に、「ぶふっ」なんて言いながら顔面を突っ込んでしまう。ちょ、ちょっと痛かった…。

「小晴」
「……へっ?」
「貴様は今日から、ここで我と共に寝よ。今後もこのような事があっては面倒だ。元よりここは貴様の寝床であろう?何も問題は無い」
「え、あ、…え、」
「何より、毎夜眠れぬのか寝返りを打ち独り言をぼやいている貴様が喧しくて、我が眠れぬわ」

何を言われたのかいまいち理解できない。現状も、理解できない。

毛利さんに、抱き締められてる。
そう理解した瞬間、また、あの変な感覚に襲われた。お祭りの時よりも、もっと酷い。

「…というか、名前、」
「何ぞ」
「わ、私の名前、覚えて…たんですね」

毛利さんと出会って、半月、くらいだろうか。
それほど経っても、今まで一度たりとも、名前を呼ばれたことは無かった。
だから、嬉しいような、むずがゆいような、微妙な感じ。毛利さんの胸元に顔を埋めたまま、きゅうっと目をきつく閉じて、その感覚を逃がすようにする。

「……小晴」

もう一度、私の名前を呼ぶ声が。

妙に優しくて、それが、そのせいで、胸が痛くて、泣きそうになる。

「我と貴様しかおらぬ中で、わざわざ名を呼ぶ必要もさして無かろう」
「う、で、でも、私は毛利さんの名前、いっぱい、呼んでます」

ふむ、と考えるような吐息が聞こえて、私は何を言ってるんだろうとまた、頭を抱えたくなった。
毛利さんは私のことしか呼ばない。私しか、いないから。だから貴様でも通じる。
それが嬉しい、なんて、どうかしてる。


「小晴、小晴、…小晴」
「っへ、あ、え?な、何ですか?」
「…小晴、」
「あの、毛利…さん?」

何度も何度も、私の名前を、毛利さんのあの綺麗な声が紡いでいく。
淡々と、でも、優しい声で。何度も、何度も。

いい加減恥ずかしくなって、とんと毛利さんの胸を叩けば、それは止んだ。

「な、何だったんですか、今の…」
「貴様が名を呼んで欲しいのかと思ったのだが?」
「…や、それは、確かに呼んでは欲しいですけど…」

なんかちょっと、違う。

毛利さんってどこかずれてるよなあ、と思えば、なんだか面白くて笑いがこぼれた。
すぐに頭を叩かれたけど。

「小晴」
「あ、はい」
「我は今日から貴様の名を呼んでやろう。その代わり、」

うん、何も言うまい…。

「貴様も今日より、我の名を呼ぶが良い」
「……それは、ええと毛利さん、ではなく、元就さんと呼べ、と?」

頷く気配。

え、あ、ええ……まじですか…。


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