毛利さんはまだ怒っているのか、ご飯を食べ終えると、さっさとロフトに上がってしまった。

私は食器を片付け、着替えとタオルを手にお風呂へと向かう。
少し冷めた湯が残っているお風呂に体をつけて、膝を抱えた。

携帯でも、買うべきだろうか。
でも、毛利さんはあと一ヶ月もせずに帰ってしまうのだし、さすがに無駄だ。
だけど、余計なことで怒らせたくはない。申し訳ないし、なにより、私の首と胴がさよならしかねないのだから。

そっと、毛利さんが触れた右肩に、手を当てる。

さっきの、あれは、どういう意味なんだろう。
考えたって私にわかるはずもない。目を伏せる。毛利さんはもう、寝てしまっただろうか。

「そういえば、毛利さんならもう、とっくに寝てる時間だったのに…待っててくれたお礼言うの、忘れてたな…」

うとうととしてきた瞼を押し上げ、お風呂から出る。
右肩だけが、いやに熱を持っている気がした。


――…


いつも通り床に転がって、お腹にタオルケットをかける。
電気の消えた部屋は薄暗く、手を伸ばせば指先が闇にかすむ。

寝ているだろう、そう思いつつも「毛利さん、」そっと呼びかけた。
返事はないだろう、だけど、言葉を続ける。

「私の帰り、待っててくれて、ありがとうございました。それと、本当にごめんなさい。次からは、さっき思いついたんですけど、パソコンにメール入れます。そしたら私が外にいても、毛利さんと連絡とれますし…。怒らせちゃって、すみませんでした」

聞こえてないだろうにこんなこと言っても、意味無いけど。
メールのことは明日、起きてからも伝えよう。何でもっと早く気が付かなかったんだろう、私。

「……我は怒っていたのではない」
「っえ、あ、起きて、たんですか」
「…起きていると思うたから、話しかけてきたのではないのか」

は、恥ずかしい。
起きてるなら、最初に呼びかけた時、返事くらいしてくれてもいいのに。

「我は、貴様が告げた時刻に帰らなかったから、何かあったのではないかと危惧していたのだ」
「……え、?」
「前も言ったであろう。この世は、平和とは名ばかりの、荒れた世界よ。戦国の世と比べれば些末な事ではあるが、鬱屈した悪意が満ち満ちておる」

ちょっと、言葉が難しくて分かりづらい。けど、言いたいことはなんとなく、わかる。

「貴様に何かあれば、我を知る者は他におらぬ。我に無用な心配をかけさせるでない」
「あ、えと……すみません」

そうとしか、返せなかった。

お互い、顔も見えないままの会話だ。
私にも、毛利さんにも、見えているのはきっとあの天窓だけだろう。


心配、してくれていた。あの毛利さんが。私を。
きゅうと胸が締め付けられるような感覚に、体が震えて、なぜか泣きそうになった。
「ごめんなさい」もう一度、謝る。

震えていた声は、毛利さんには、気付かれなかっただろうか。


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