「あの、毛利さん、今日私、大学に行かなきゃいけないんですが」

毎朝恒例の日光浴を行いながら、隣の毛利さんに話しかける。

今日は課題を提出しに、大学へ行かなくてはならない。
毛利さんに「大学」という言葉の意味が通じるかは若干不安だったけど、日頃テレビとパソコンを愛用している毛利さんだからか。毛利さんは「左様か」と私を見ずに頷いた。

「九時に家を出て、昼過ぎには帰ってくると思います。お昼ご飯は冷や麦出しとくんで、湯がいて食べてください」
「うむ」
「もしかしたら友達に捕まって、帰りが遅くなるかもしれませんが…晩ご飯までには帰るんで。もし誰か来ても、絶対出たりしないでくださいね」
「わかっておるわ」

まあ、毛利さんのことだし大丈夫だろう。
私なんかよりよっぽどしっかりしているし、頭も良い。余計な事はしないだろうし、心配するだけ無駄、か。

そして二人で朝ご飯を食べ、私は準備をして家を出る。
にしても、私はもっぱらパン食だったのが、毛利さんが来てからはすっかり米食になってしまった。今度、たまにはパンを食べてみるのもいいかもしれない。
帰りに食パン買おう。


――…


私は頭を抱えていた。

案の定友人にとっつかまり、挙げ句合コンに連れていかれ、無理矢理飲まされた。
どうにかこうにか途中で抜けてきたものの、時計の針は十時を差している。昼過ぎどころか、晩ご飯の時間すらとっくに過ぎてしまった。
ああ、毛利さん、怒ってるだろうな。
晩ご飯、大丈夫だろうか。冷や麦を食べたかもしれない。

でももしかしたら、と途中寄ったスーパーで買った野菜や魚が入った袋を見下ろし、駆け足でマンションへと向かう。

マンションにたどり着いた。エントランスを抜け、エレベーターに乗り、最上階へ。
廊下を早足で進み、慌てて、ばたばたと鍵を開け部屋に入り込む。
と、その瞬間、息が詰まった。

「わ、も、もうり、さん、?」

玄関先に立っていた毛利さんに、いわゆる、壁ドンをされたからである。
壁、というか、毛利さんが手を突いているのはドアだから、ドアドンだろうか。なんてしょうもないことを考えていれば、がちゃり、鍵の閉められる音。

ああ、毛利さん、綺麗な顔が怒りに染まって、すごく怖い。

「今まで何をしておった」
「あ、ご、めんなさい、友達に、捕まって」
「何をしておったと訊いている!」

ぐっと顔を近づけられて、びくりと体を震わせる。視線はゆるゆると下がっていって、毛利さんの顔を見ないように、足下へと縫い止めたまま、どう返すべきかと思案した。
「え、と、」小さく漏らせば、毛利さんが眉を寄せる気配。

「酒を飲んでいるのか」
「…すみません、どうしても、断れなくて」

深い溜息が、私の前髪を揺らした。

「もうよい。我はまだ夕餉を食べておらぬ。早く用意せよ」
「あ…す、すみません」

一瞬だけ、ほんの、一秒も無いくらい、本当に一瞬。
毛利さんは私の肩におでこをつけて、肩をおろしたのだ。

もしかして、心配、させてしまったのだろうか。
でも、あの毛利さんが私を、私なんかの心配をするかと、自問してみるが、どちらかというと答えはあり得ないに近い。
じゃあやっぱり、ご飯が食べられなくて、怒っていただけ?

…わからない。でも、あの行動は。
ああ、もう、頭がぐるぐるする。


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