夜、相変わらずうまく寝付けなくて、浅い眠りからふと目を覚ました。
枕元の携帯を開き、時間を見れば夜の二時を回った頃。
なんだか無性に、甘いものが食べたい。喉も渇いた。

そうっと起きあがり、冷蔵庫を開ける。
目に入ったポカリのペットボトルを手に取り、キャップを開けて二口三口、喉に流し込む。一息ついて、ポカリを冷蔵庫に戻した。

…甘いものが食べたい。
コンビニにでも行くか、と洗面所で軽く髪を整えて、部屋に戻り、カバンから財布と鍵を取り出す。
毛利さんは多分寝ているだろうし、何も言わなくていいだろう。
静かに部屋を出ようとすれば、ぼすっ、何かが私の後頭部にぶつかった。

「い、いたい、」

そのまま床に落ちた物へ目を向ければ、ロフトの枕元に置いていた、小さい熊のぬいぐるみだった。
犯人なんて、考えなくても分かる。

「かような夜更けに、どこへ行くつもりぞ」

真っ暗な部屋の中で、半身を起こした毛利さんが私を見下ろしていた。

「起こしちゃい、ましたか?すみません」
「そんな事は訊いておらぬ。どこへ行くのかと、我は問うたのだ」
「ええと、目が覚めちゃったので、コンビニに」

私の言葉を聞いて、毛利さんはひょいとロフトから飛び降りてきた。
最近、この人はロフトから下りるときにはしごを使わない。
かといってどすん!とか大きい音を立てて着地するわけでもなく、くるりと体を横に回転させながら、綺麗に、静かな音で降りてくるのだけど。

「今何時だと思っている。貴様のように戦う術も知らぬ女が、夜更けに一人で出歩こうなど、百年早いわ」
「そんな、大丈夫ですよ。今までもよく行ってましたし」

それに今の日本は比較的平和な国なのだと、そう続ければ頭をはたかれた。
い、痛い。ひどい。じわりと涙が目尻ににじむ。

「平和といったとて、現に人攫いや人殺しなどが横行しているではないか」
「それは、まあ、そうなんですけど…」

四六時中ニュースを見ていたり、パソコンをいじっている毛利さんのことだ。最近起きている事件のことを言いたいんだろう。
とはいえ、私としてはやっぱり、そんなの自分の身に起きる出来事だとは思えないのだ。
ここら辺は治安も良いし、今まで深夜にコンビニに行って、何か問題が起きたことなんて一度もない。せいぜい何か言うなら、酔っぱらいが吐いたんだろう吐瀉物をうっかり踏みつけそうになった程度だ。

黙り込む私に、呆れきった溜息を吐いて、毛利さんは口を開く。

「そこまでして行かねばならぬのか」

別に、そういうわけじゃない。
ただ、私の口はもう完全に甘い物の口になっていた。私の胃はホイップクリームを求めている。
だけどそんなの、毛利さんに言っても、理解してもらえないだろうし…。

仕方ない、今日は諦めて寝よう。
そう思ったのに、私の沈黙をどう受け取ったのか、毛利さんはまた溜息をついて私の手を引いた。
そのまま玄関へと向かい、先日買った毛利さんの下駄へと足を通して、ドアの鍵を開ける。
慌てて私もクロックスを履き、毛利さんの後を追いかけた。…追いかけたというか、手は引かれているままだから、ついて行かざるを得なかったのだけど。

「あ、あの、毛利さん、」
「貴様一人を外に出しては我も夢見が悪い。こんびにでの用事は早に済ませよ」
「えと、ありがとう…ございます」

手を繋ぐ、とかではなくて、本当にただ手首を掴まれているだけなのだけど、それが何でか、無性に嬉しくて。
やっぱり、毛利さん、優しいな。
引かれる手を見つめて、自然と、笑みが漏れた。


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