最近、毎日同じ夢を見る。
薄暗いそこには私以外誰も、何もなくて、水の中を揺蕩うように、ただずっと、何も考えることなくそこにいるだけの夢。
そこはひどく安心できる場所で、何も考えなくていい夢の世界を、私は心地よく思っていた。起きたときには、一瞬の恐怖と絶望を味わうほどに。

そして今日も、同じ夢。
でも今日は、少し、違った。

「……声が、出る」

いつも夢の中で、私は声を出すことができなかった。意識はあるけど眠っているような。
でも今は意識もはっきりとしていて、薄暗い闇の中を自分の思うままに動くことも、出来る。
だから何なのだと、言われたら困るけど。いつもと違うその変化に、私はなにかを感じた。

「にしても……暇」

やることもなくただ揺蕩っているだけで、時間の流れも感じないここは、意識があるとこれ以上なく退屈な世界に思える。
私が見ている夢なのだからと、何かこの世界に別の変化を起こせないかいろいろ思案してみるものの、見てわかるような変化は何もない。

ああ、もう。

「なんてつまらない」
(世界なんだろう)

どこかから声が、かぶった。それと同時に、ピシッと、薄暗い世界にひびが入る。
そのひびから白く光が漏れて、私は眩しさに目を瞑った。


――…


僕の世界に入った、亀裂。
そこからはまるで僕の心を現したかのように濁った闇色の世界が、じわりと滲んでくる。亀裂の向こうに、何があるのだろうかと。好奇心が、僕の身体を動かした。

「……おや、」
「、っえ……?」

亀裂の中心を突いて、薄暗い世界へ。
何があるのか、そうは思ったものの、そこに人間がいるとは想定していなかった。
眩しいのか、腕で目元を覆っている……少女。彼女は僕の声に反応し、わずかに身体を強ばらせる。
緊張、好奇、恐怖、安堵、歓喜、悲哀、数え切れないほど幾つもの感情がこの薄暗く何もない世界には、渦巻いていた。それに眉を顰めて、少女へと手を伸ばす。

「此処は、貴女の世界ですか」
「な、に……」
「面白い……ここまで何もなく、静かな世界は初めてだ」

少女の手を取り、僕が入ってきた亀裂へと戻る。
歩くでもなく、そっちへ向かおうと僕が思っただけで僕の身体は亀裂の方へ進んでいた。水の中とも、宙に浮いてるともとれる奇妙な浮遊感。
それに身を任せて、亀裂の向こうへ、跳んだ。

「っうええ!?」
「ああ、やっと目を開、き……ました、ね……?」
「え、あ、えっあれ?!」
「これは……」

あの薄暗い世界で渦巻いていた感情のすべてを内包したかのような、真っ直ぐな瞳。
その目は驚きに見開かれ、しっかりと映る僕の姿が見えた。今、この少女は僕だけを見ている。

「クフフ……懐かしい、ですね」

ふと脳裏に浮かんだのは、何度目の人生のものかもわからないほど、遠い昔の記憶。
愛し愛され、拒絶することを拒絶した、すべての者を優しく包み込んだ、1人の女性。
この少女は同じ瞳を、していた。遠い昔に愛したのだろう、その女性に。

ぱくぱくと口を開けたり閉めたり忙しそうな彼女の頬に、するりと手を滑らせた。
瞬間、彼女の頬は熱を持ち、パッと僕から離れる。初々しいその反応にくすりと笑みをこぼせば、彼女は口を噤み、きょろきょろと周囲を見渡した。

ここは、僕の世界だ。

「何、で……」
「はじめまして、と言うべきですね。僕は六道骸。貴女は?」
「え……あ、っと、五十嵐光、です」
「光……良い名だ」
「あなたも」

素敵なネーミングセンスだと思います。
褒める、というニュアンスではなく、ただ思ったことを口にしたらしい彼女の言葉。クハッと吹き出せば、光は顔を呆けさせて、僕を見上げた。

「どうか、しましたか?」
「あ……いや。というか、私は何でここに?」
「ええ、貴女の世界に少々興味を持ちましてね。ゆっくり話をしたいと思い、僕の世界に招待させていただきました。とは言っても、先に僕の世界に侵入してきたのは、貴女の方ですが」
「、え?」

僕の世界に生じた亀裂は、確実に光が起こした変化だ。しかし、本人に自覚は無いらしい。
あれだけの特殊な世界を創造しておいて、無自覚とは……。
力があるのか、無いのか。推し量れない少女だ。

「とりあえず、ゆっくり話そうじゃありませんか。ひどく退屈でしてね、素敵な暇つぶしになりそうだ」

自然と饒舌になる自分に心の中で苦笑しながら、パチンと指を鳴らせば現れる、白の丸テーブルとチェアー。
二人分の紅茶と茶菓子も出してみれば、光は視線をそっちに向け、そして浮かべた笑みを僕に向けた。

「私も退屈、してたんです。あなたの話相手が、私で良ければ」

ふわり、木漏れ日のような優しい笑みを、きっと僕は渇望していたのだろう。
無意識に、笑みが滲んだ。

 
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