「"なあ光、プール行こうぜ!"」
「"えっあの"」
「"並盛市民プールにいるから、準備でき次第来てくれな!"」
ちょっと待ってと私が言い切るのを待たずに、山本からの電話はブチッと切れてしまった。携帯の画面を凝視したまま、つう……と冷や汗が流れる。
もうほとんど梅雨も明けた、そんな六月下旬。
だいぶ暑くもなってきて、またアイスを大量に買ったり、そうめんを箱買いしたり、何故か減らない通帳のお金を存分に使って二度目の夏を謳歌しようとして、いたんだけど。
そっか……一年の時はタイミング良くサボってたから忘れてたけど、プールの授業がもうすぐ始まるんですね……。
拒否なんてさせないぜと言わんばかりの勢いだった山本からの電話に頭を抱えて、仕方なく薄手のパーカーを羽織って家を出た。
まああの、決して変態なわけでは無いですけど、並盛トリオの上半身裸が見えると思えば……ね!?腹筋っていいよね!
――…
市民プールの駐輪場に自転車を停めて、小走りで中に入っていく。
唯一携帯を持っているリボーンに電話したらもうプールに入ってると言われたので、管理員の人に一言告げてから水着に着替えずにプールの方に向かった。
ええまあ雲雀さんの影響といいますか、並盛では私も大概顔パス余裕な感じです。
原則としてプール周辺は水着じゃなきゃ入れないんだけど、そこはまあ風紀委員権力で……えへ……。
風紀委員会ってこわいね。私その一員なんだけどね。
「あ、山本、ツナ!」
「光ー!?」
「遅いのなー、って、何で水着じゃねーんだ?」
感覚的指導真っ最中の2人に声をかければ、ツナは驚いたみたいで、山本は不服そうに私の格好を見上げた。
むぅっとほっぺ膨らますとか可愛すぎるでしょなにこの天使。
「水着持ってないし、いきなり呼ばれてそんなすぐに準備出来ないよ」
苦笑混じりに返せば、それもそうかあと山本は眉尻を下げる。
なんだか無性に罪悪感を覚えさせられるその表情に、顔が引きつった。いや大丈夫、別に私悪くない。
てか水着は極力着たくないし。うん。
「んー……ま、光の水着は次回持ち越しだな」
「次回の予定もないけど……」
「んじゃツナ、すっすぃすぃーっともう1本いってみっか!」
華麗にスルーされた。
とにかく泳いでみてるツナと感覚的指導な山本を、プールサイドにしゃがんでぼんやり眺める。
あの泳ぎ方はすさまじいなーなんて考えてたら、ふと視界を見慣れたポニーテールがよぎった。くるりとツナ達から視線を逸らして、ポニーテールの子を目で追う。
「はひっ!?こんなところで光さんに会うなんて、デスティニーですー!」
私の顔を見た瞬間気持ち猛ダッシュで駆け寄ってきたのは、やっぱり、ハルだった。
ダイブしてくるハルをなんとか抱き留めて、どうどうと落ち着かせる。
「ハルもプール?」
「はい!リボーンちゃんにツナさんが泳げなくなってしまったと聞いたので、将来上司になるツナさんのお手伝いを、と」
「上司になるって、まだ秘書になるつもりでいんのー!?」
「……秘書?」
え、ああ……そういえばハルはツナに恋愛フラグを立ててないんだっけ……私のせいで……。
ふっと遠い目をした次の瞬間には、ハルは既にプールの中に入っていた。妻から秘書に変わったわけね、うんなるほど把握した。
その後はハルと山本の協力もあってか、ツナがもともとやれば出来るタイプだったのかは定かじゃないけど、とにかくツナは少しずつ泳げるようになっていった。
見てるだけの私が来る必要あったのかとは思うけど、まあ応援係ってことでいいだろう。
ハルのまごころ指導を恥ずかしがるツナをのんびり眺めて、時たまぱちゃぱちゃと手や足をプールの水につける。
入るだけなら問題ないんだけど、なあ。
左足で立って、右足をプールの中で遊ばせてた時。背後からガシャガシャと金網が揺れる音と共に、出来れば今はあまり聞きたくなかった声が耳に届いた。
「十代目!十代目ー!!」
金網を乗り越えてそのまま走って来たかと思えば、ばっと飛び上がってプールに飛び込む。
市民プールは基本飛び込み禁止なんだけどなーと他人事のようにその光景を見ていた私を、コンマ五秒後、大量の水が襲った。
「ぅわぶっ!」
飛び込んだ獄寺の、水飛沫。
頭からつま先までびっしょりと濡れて、口にまで入ってきた水に思い切り咳き込む。
そんな私に気付かずツナのところまで向かって勘違いを披露する獄寺に、一瞬、ほんの一瞬だけ殺意が湧いた。あのセンター分け野郎。
今日着替えとかまったく持ってきてないのに……全身びしょびしょで家まで帰れと?
「光……さん?」
「わっ!光、ずぶ濡れなのな」
濡れ鼠状態の私に気が付いて心配そうに近寄ってきたハルと山本は、けれど私の表情を見た瞬間ピタリと固まった。
もうここまで濡れてたらプール入っても何も変わらないよね?ばっ!と薄手の半袖パーカーを脱ぎ捨てて、プールの中に入る。
水をかき分け無言で獄寺とツナに近付いていくと、ちらりとこっちを見たツナの表情もやっぱり固まった。獄寺は、背中を向けているので気付いていない。
「十代目……?どうしたんスか」
「や、あの、獄寺君、後ろ」
「後ろ?」
くるりと獄寺が振り向いたのと、私がそこら辺を泳いでいた子に借りたビーチボールを投げたのは、まったく同時だった。
「んがっ!」
クリーンヒットってところか。
まあこれくらいでいいかと獄寺の顔面にぶち当たって跳ね返ってきたビーチボールを、貸してくれた子にありがとねーと返す。
数秒プールに沈んでいた獄寺は、ばしゃばしゃと慌てて起きあがった。
「っにすんだよ!」
「こっちのセリフなんですけど」
「ああ!?」
「獄寺が飛び込んだときすごい水飛沫あがったんだよねえ。それ思いっきりかぶっちゃったの。ハイ言うことは?」
「避けねえ光が悪い」
「よし、山本やっちゃって!」
「了解なのなー」
ビーチボールがまた獄寺の顔面に、今度はクリティカルヒットした。鼻が赤くなっている。
さすが山本……ビーチボールですら凶器に変えるとは……。
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