その日、私はいつも通りのんびりと生徒会や風紀委員の雑務をこなしてから、これまたのんびりと家路についていた。
家に帰るとまずは着替えて、それからもう一度買い物へと向かう為に外に出る。
ツナから電話がかかって来たのは、ちょうどその時だった。


「――で、こうなったというわけで……」

焦ったような困ったようなツナに呼ばれて沢田家に向かえば、そこにはちっちゃい獄寺がいた。
事の顛末をツナに話してもらって、ああそういえばそんな原作があったなあなんてぼんやりと思い出す。最近は書類関連の仕事が多すぎて原作とかまったく絡んでなかったからなー……。

ちっちゃい獄寺――とりあえずちび獄と言っておこう――は、不機嫌そうにツナの部屋の座椅子に座っていた。
その様子がおそろしく可愛らしくて思わず顔を背ける。
え、なに、なにあれ天使か何か?めっちゃ可愛いんですけどめっちゃぷにぷにしてるんですけど本気でありえないなんなのアレさわりたい!

「あの……光?」
「えっあ、ああごめん。じゃあちび獄は私が連れて帰るよ」
「誰がちび獄だ!!」
「キミ」
「……」

わなわなと震えるちび獄に、ちび獄は失敗だったかと思いながら怒鳴られる覚悟を決める。
けれどちび獄は数秒そのままでいたかと思うと、大きなため息をついて膝を抱えてしまった。なにそのポーズちょうかわいいんですけど。

「ご、獄寺くん……?」

心配そうに問いかけるツナにも返事しないとか相当だな。
へらりと笑ってから、ちび獄の脇に手を入れて抱き上げる。びっくりしたのか目を丸くしているちび獄は、これ以上なく可愛い。
しょっ、ショタコンじゃないんだからね!

「大丈夫、すぐに戻るよ。だから帰ろ」
「……何を根拠に」
「いや根拠とかないけど」
「ねえのかよ!」
「でも、戻ることはわかるから」

こういう状況で元に戻らないのはモブキャラぐらいだからねえ、と心の中で呟く。
むぐ、と口を噤んだちび獄の頭を撫でて、私は沢田家を後にした。


――…


ちび獄を抱っこして買い物をしていたら、近所のおばちゃんに絡まれたり絡まれたり絡まれたり、なかなかに大変だった。
私の子供じゃないって台詞を何度口にしたことか。心なしかちび獄も疲れてるっぽいし。

今の獄寺を一人にさせるのは忍びないので、元に戻るまで私の家に置くことに。
ちび獄は渋りまくってたけど、ちっちゃい身体じゃ何もうまくできないことは本当のことで、仕方なく今は私のソファーに転がってテレビを見ている。
家に帰ってすぐ作り始めたお手軽シチューはあと煮込むだけで、私もエプロンを脱いでちび獄の隣に座った。
ちび獄が、ぽふんっと小さく跳ねる。

「かわいっ……」

思わずぷにぷにとほっぺを押してしまう。
キレられたけどもちろん怖くもなんともなくて、ただただ可愛いだけだからちっちゃいって罪だよね!なんて必死に顔には出さないように考えた。けどやっぱり口元はにやついていた。

「はっ離せ!」
「やーもう無理可愛いいい」
「離せぇぇえ!!」

むぎゅう。
暴れるちび獄のあまりの可愛さについ抱き締めてしまえば、ちび獄は更にじたばたと暴れる。
そんなに嫌がられるとさすがに傷つくんですけど……。軽く泣きそうになりながら、そろそろ解放してあげようと手をゆるめた。
けれどその瞬間、ぼふんっ!と薄桃色の煙に獄寺が包まれて、ぽかんとする間もなく、足の上に重みを感じる。

「っけほ、」

煙を吸ってしまって、顔を背けながら小さく咳き込んでいると、不意に足の上から重みが消えた。
もしやと思って顔を上げれば、ソファーの上に私の足を挟んで膝立ちになった元のサイズの獄寺が、じっとこっちを見下ろしていた。
いやあの、え、顔が怖いんですが……。

「……おまえさ」
「は、い?」

私の顔を挟むようにソファーの背に肘をついて、ぐいと顔を近付けられればそれなりに焦る。
どうしよう、獄寺の顔ちょうこわい。
えっそんなに私に抱き締められるの嫌だったのか……いやそりゃ嬉しい人はいないだろうけど思いっきり落ち込む……。
獄寺とは結構良い関係を築けてると思ったんだけどなあ!

獄寺はそのままの体制で鼻同士がくっつきそうなくらい顔を近付けると、ふっと目を細めてSっぽい笑みを浮かべた。
うあ、何がしたいのかわかんないけど格好良い。赤くなったであろう顔を見られないように顔を横に向ける。
呆れたように息を吐いた音が聞こえたと思うと、耳元で獄寺が、低い声でささやいた。

「俺だって、男なんだぜ?」
「、え」

いや、それくらいはわかってますけど……。
耳元で囁かれるから、息がかかってくすぐったい。それを紛らわそうと心の中でまったく関係ないことを考えてみる。

「……っだから、そんな簡単に抱き締めたり、すんじゃねえ」

うん、ごめん、無理。あっいや抱き締める云々がじゃなくて、関係ないことを考えるのが。
私、獄寺の声好きなんだよ……!その好きな声がこんな間近で聞こえるとか集中せざるを得ないじゃない。

私の返事を待ってるのか、獄寺はじっと固まったまま動かない。
熱い顔を冷ますように深呼吸をして、目の前にある獄寺の腕をぎゅっとつかんで、顔を向けた。

「さすがに私だって、誰でも簡単に抱き締めるわけじゃないよ」
「っは、」
「……って、シチュー忘れてた!ちょっ獄寺よけていつまで乗ってんの!」
「んなっ!いや、違っ」

慌ててソファーから降りる獄寺にごめんねと一言謝って、私はばたばたとキッチンへ小走りで向かった。
ばくばくうるさい心臓を、誤魔化しながら。

 
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