もうすぐ梅雨、ですね。
そんなことすっかり忘れていた私は、買い物帰りに雨に降られてしまった。びしょ濡れの濡れ鼠になりながらなんとか家まで帰って、すぐさまお風呂にお湯を溜めてから自分の髪や身体をタオルで拭く。
お湯が溜まったらすぐお風呂に入った、身体もちゃんと拭いた、ついでにホットミルクまで飲んだ。のに。

案の定、ベタにも私は風邪を引いてしまいましたとさ。


次の日の朝、起きたときには吐き気と頭痛と寒気で完璧に死亡フラグ立っていた。
でも朝ご飯と弁当を作らなきゃいけない。私だけならともかく、獄寺までご飯無しにするのは悪い。
いやまあ世の中にはコンビニという便利なものがあるんだけど、それは置いといて。
とにかくふらふらしながらも、なんとか朝食と弁当を作り上げる。いつもよりは残念な仕上がりだけど、この体調でこの出来なら充分だ。
ちょうどその時ぴんぽーんと鳴った家のチャイムに、壁に何度かぶつかったりよろけたりしつつ、玄関に向かう。

あ、やばい、これはほんとに死にそう。
暑いのかも寒いのかもわかんない、暑いのに寒い、冷や汗が止まらない。
ガンガンと殴られるような頭痛はまるで警鐘を鳴らしているかのようで、今にも倒れそうな身体に鞭打って、玄関の扉を開いた。

「……お、はよ?」
「はよ……って、どうしたんだおまえ、顔赤い……」

うわどうしよう、獄寺の顔がぐにゃりとゆがむ。
おい!って私に向かって叫ぶ獄寺の声は、どこか遠くから聞こえるようで。

私の意識は、途切れた。


――…


ドアを開けたのとほぼ同時に倒れた光の身体を、なんとか抱き留める。
その身体は異常なまでに熱く火照っていて、揺さぶっても声をかけても反応が無い光は意識を失っているようだった。
半ば混乱しながらも、すぐに光を抱え上げてリビングのソファーまで運ぶ。途中、見えたキッチンには一人分だけの朝食と弁当が用意されていて。

「無理、しすぎだろ」

明らかに俺の分である、それ。
触るだけで熱いと感じるほどに、意識を失うまでもの、熱があるのに。

リビングのソファーでぐったりとしている光を見下ろして、ため息をついた。
何で俺、昨日のうちに気付かなかったんだ。こいつずっとだるそうにしてただろ。なのに、なんで、……いや、今考えるのはそんなことじゃない。
とにかく光をベッドに寝させて、何か食わせてから薬を……。っとその前に、十代目に学校を休むと連絡をしなくてはいけない。
俺は一旦ソファーに寝転がった光から離れて、携帯片手にキッチンへと向かった。

十代目に光が風邪を引いたから看病の為休みますと申し訳ない気持ちで連絡すると、十代目は光のことを心配しているような悲しげな声音で、放課後見舞いに行くと言っていた。
やはり十代目は優しいお方だ。そう思いながら、携帯をしまう。

キッチンに用意されていた朝食を適当にかき込んでから、俺は冷蔵庫に視線を移した。
病人でも食べられるようなものが無いか、そう考えつつ冷蔵庫をぐるりと見回すも、たいしたものは入っていない。
唯一、ゼリー飲料が1つだけあるのを見つけ、これでも大丈夫だろとゼリー飲料を掴み、以前光に教えてもらった棚の中にある風邪薬を取り出して、またリビングへと引き返した。
光は時折荒い息をこぼしているものの、眠ったままらしい。

「……光、」

呼びかけても返事は無くて、眉間に皺を寄せた苦しそうな光の顔に、心臓の辺りが苦しくなった。
聞こえてはいないだろうけど一言断って、光を抱き上げ部屋へと歩き出す。
思ってみれば、光の部屋には入ったことがない。入る理由もつもりも無かったけど、ドアノブを回したときには何故か心臓がいやにばくばくと煩く鳴っていた。

ガチャ、と部屋の扉を開ける。
光以外誰も入ったことのない、部屋。

「、……すっ…げえ」

そこには、何枚もの絵と、何枚もの写真が、部屋の一部の壁を埋め尽くすように貼られていて、そこに貼りきれなかったものは、壁に立てかけるようにして床に置かれていた。
まっさらな壁に対面する壁には、春夏秋冬、すべての季節を切り取って貼り付けたかのような、幾枚もの絵と写真。
そこには俺や、十代目や野球馬鹿や、他にもリボーンさんに雲雀に、笹川にアホ女、何人もの絵もあって、写真もあった。

光を抱えたまま、思わず魅入ってしまう。
昔見た有名な奴らの絵を見ても何とも思わなかった、けど。この絵と写真には、強く惹かれた。
それは……その本人に惹かれているからなのかも、しれないが。

ハッと我に返って、抱えていた光をベッドに寝かせた。
シーツをかけて、濡らしてきつく絞ったタオルを額に乗せる。ベッドの脇に腰掛けて辛そうな光の頭をかるく撫でれば、小さく光が唸り、身を捩った。

「ごく、で……ら、?」
「大丈夫かよ」
「んーわかんな……、痛い」

うっすらとまぶたを開いて、掠れた声で言葉を紡いでいく、光。
体温計を渡せば、声とも音ともつかない声を上げて受け取り、脇に挟む。

「ンな、無茶すんじゃねえよ」
「、うんー……ごめ、ん」
「謝るぐらいなら風邪なんか引くな」
「そう、言われても」

私だって引きたくて引いたわけじゃないよ。
精一杯の笑みを浮かべながらの、途切れ途切れな光の言葉に苦笑するしかなかった。
ピピッと鳴った体温計を取り出した光から受け取ると、八度七分と表示されていて、思わず目を丸くする。
市販の風邪薬よりも、シャマルに貰ってきた方がいいかもしれねえ。と、そこまで思ったところでふと思い出したのは花見の時の光とシャマルで、シャマルの手を借りたいと光が思うだろうかと考えた。
結局答えはすぐには出なかったので、市販の薬を飲ますことにする。俺だって、極力あのヤローには会いたくない。

「少しなら飲めるか?」
「ん、……多分」

俺が差し出したゼリー飲料を受け取って、こくこくとのどを鳴らしながら飲んでいく光を、何気なく眺める。
けれど、ちらりと視線を上げた光と目が合った瞬間に、俺の視線は光から離れた。

代わりに視界に入ったのは壁に貼られた写真、で。そこに映っている俺達は、なんというか……幸せそう、だった。
弁当の時間だったり、勉強をしている姿だったり、部活中だったり。そんな普通の時間にも関わらず、光のカメラにおさめられた俺達は今が最高の時であるかのように、笑っている。
その中の1枚に、たった1人で写っている俺の写真があって、ぴたりと視線を留めた。
ハンバーグを食ってる真っ最中で、今撮んじゃねぇよ!と焦っている様子が見て取れる。いつ、撮られたものだったか。
それはすぐには思い出せなかったけど、俺の写真が光の部屋に貼られてんのが、とにかく無性に恥ずかしく感じた。

ゼリー飲料を飲み終えたらしい光が、ベッドに腰掛けたままの俺の腕をぺしぺしと叩いてくる。
壁からパッと視線を逸らして、光を見下ろした。

「あんま、見られると、恥ずかしい……んだけど、」
「っあ、ああ、悪い」

そんなに俺、必死に見てたのか。
眉間に皺を寄せていた光は俺が自分の方を見ていると確認すると、ふっと表情を和らげた。
空になったゼリー飲料のパックを受け取り、近くのミニテーブルに置いてから、水の入ったコップと薬を手に取る。
飲めるか?ともう一度訊いた俺の問いには返答せず、光は両腕を俺に向かって伸ばした。

「ちょ、っと、起こして?」
「お、う」
「ん……あり、がと」

その両腕を引っ張って、抱えるように起きあがらせる。
コップと薬を渡せば光は熱っぽい息を吐いてからそれを受け取り、水で薬をのどに流し込んだ。
飲み込んだのを確認してコップをテーブルに戻し、またゆっくりと、光を押すようにしてベッドに寝させる。

「……ふ、」

唐突に笑みをこぼした光に、怪訝な表情を向ける。
光はやはり掠れたままの声でごめんごめんと謝って、赤い頬をぽりぽりと掻いた。

「押し倒されてる、みたいだなって、思って」
「っんな!!な、何言ってんだてめえは!」
「いや……ちょっと、熱で頭……いかれてるっぽい」
「ふざけ、んな!」

一気に赤くなった顔を見られないように、シーツを光の頭まで勢いよくかける。
ぶっとこもったような音が出た後に、手だけをシーツから出した光にばしばしとさっきより幾らか強く腕をたたかれた。
けどすぐにその力は弱くなって、ぱたりと腕から力が抜ける。っは、と息を吐いて、立ち上がろうとした。
こんな顔こいつに見られたくねえし、これ以上ここにいると変な方に思考が走っていきそうだったから。
せめて、顔を……っつーか頭を、冷やしてこようと。
そう思ったのに、立ち上がりかけた俺の腕は、熱い手に握りしめられた。

「な、んだよ」
「ごめ…、も少し、ここ……居て」

シーツから顔を出した光の顔は今まで見たこともないくらい切なげで、ぎゅうと心臓を掴まれたような気分になる。
言葉が出なくて、黙ったままの俺にその表情は更に切なく、今にも消えそうなほどになっていった。
ドクンと心臓が一際大きく鳴った直後、仕方なく、ベッドに腰を下ろす。光に背を向けて、顔を見られないようにして。

「光が寝るまで、だからな」
「……ん、ありがと」

すぐに、光は眠りだした。けれどその手は、しっかりと俺の腕を掴んだままで。
結局俺は、光が目を覚ますまでそこから動くことが、出来なかった。

 
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