ディーノさんに抱き締められながら、緊張の糸が切れた私は意識を飛ばし、次に目を覚ましたときにはもう一週間も経っていた。
まだあの日のことが鮮明に思い出せるだろうか、そう思って記憶を手繰り寄せてみるも、それはかなり曖昧になっていた。
脳の自己防衛本能でも働いたのかな、と考える。それならそれでいい。彼らの存在を私が拒絶したという事実を、覚えていれば、それでいい。

寝転がったまま、ぼんやりと天井を見上げる。
病院……だよね。多分、並盛病院だと思う。
ディーノさんが病院まで運んでくれて、それからずっと眠りっぱなしだったんだろう。ベッドサイドのテーブルには、いろんなお見舞いの品が置いてある。花瓶には、きれいな花。
お見舞いグッズを漁っていたら、がらりと病室の扉が開く音がした。
目線をあげて、ベッドを囲んだカーテンが開かれるのを待つ。

「!……目が覚めたんだな、光」
「おはようございます、ディーノさん」

開いたカーテンの向こうには、花束を手にした、ディーノさんの姿。
ロマーリオさんの姿が見えないな、と思った、その瞬間に。

「うおっ!?」
「えっちょ、ディーノさん!」
「いってえー……」

ディーノさんは毎度のことながら、見事にずっこけた。
ツナでもここまで酷くないと思いながら、ベッドから降りて駆け寄り、こけたままのディーノさんに手を差し出す。恥ずかしいのかぽりぽりと頬をかきながら立ち上がり、ありがとなと微笑まれた。

落ち着いてからディーノさんはベッドのそばの小さな椅子に座り、私もベッドの上に半身を起こして座る。
ゆっくり窺うように、ディーノさんが話を始めた。

「医者は、極度の疲労と栄養失調だって言ってたぜ。検査して問題なかったら、退院出来るって」
「そうですか」

何かを言いたそうにしているディーノさんに、苦笑。
きっと倉庫でのことを聞きたいんだろうけど、それが私にとってあまり良いことじゃないのがわかってるから、聞くことができないんだろうな。ディーノさんは、優しいから。
まあ確かに聞かれるのは困っちゃうんだけど。

「光を攫ったファミリーの正体がわかったぞ」

……だからリボーンはちょっと空気読もうか。

病室の窓から現れた神出鬼没な家庭教師殿に、もう何を言う気力もわかない。まさに脱力。
マフィアは女に優しいんじゃないの?あれっもしかして私、リボーンの女性像からはずれてんのかな。それはそれで複雑だ。

「ボンゴレ傘下の弱小ファミリーだったぞ。ツナが十代目になるのが日頃から気にくわないと周りにこぼしてたらしいな」

そう思う私なんて気にせず続けるリボーンの言葉に、小さく顔を顰める。
弱小……そんなものなんだ。

「ただ、ひとつ解せねえ。何であいつらは光を誘拐したんだ?確かにおまえはボンゴレファミリーだが、それはまだ公には知られていないはずだぞ」
「そういや……そうだな」

言うべきか言わざるべきか悩んで、私はきょろきょろと周囲を見渡した。
見たところで、この近くに二人以外がいるかどうかなんて、わからないけど。

「ツナたちは?」
「学校だぞ」
「そっか。あの、今から話すこと、ツナ達には……というか、ツナには言わないで欲しいんですけど」
「……?」

疑問符を浮かべながらも頷く二人。それを確認して、私はもう一度口を開いた。

「私、ツナと間違われて誘拐されたみたいなの。だから、本当はツナが誘拐されるはずだった。何かのミスで、彼らには私が沢田綱吉だって伝わっていたみたい、で」

……まあ、結果オーライだと思う。そのミスのおかげで、ツナには何も起きなかったんだから。
リボーンは私の言葉に、何かを思案するように目を伏せて黙り込んだ。

「これ知ったらさ、ツナは絶対自分のせいだって思うだろうから」
「……わかった、ツナたちには言わねえ。ディーノも口を滑らすなよ」
「ああ、わかった」
「ありがと」

へらりと笑んだ私の頭を、ディーノさんが撫でる。
目を閉じてその温もりを享受してたら、ぼすん!とリボーンがディーノさんの肩から私の太もものあたりにジャンプしてきた。驚いて開いた私の目には、訝しむような、真剣な眼差しのリボーンが映る。
何を言われるのか。それを想像して、びくりと身体が震えた。

「話したくねーならそれでいい。だが、聞くぞ。おまえはあの時、何をしたんだ?」
「……、」

想像と違った質問に呆然とする私の隣で、リボーン!と怒ったような声を出すディーノさんに、眉一つ動かさず。まっすぐ、リボーンは私を見据えていた。


――…


「……っ光!」
「わあ、獄寺が積極的」
「うるせえ、っ心配させんじゃねえよ!」

すばらしい勢いで開かれた病室の扉を可哀想だなあと眺める暇すらなく。
がばりと獄寺に抱き締められ、やだ私ちょう愛されてるーなんて冗談めいた笑いをこぼしながら、獄寺の背中をぽんぽんと叩いた。
もう息子と母親の図じゃね?これ。

「いい加減離れるのなー」
「光、もう起きて大丈夫なの?」

べりっと山本によって私から剥がされた獄寺が山本にぎゃーぎゃー言ってる合間に、ツナに顔をのぞき込まれる。
一週間ぶりのツナは相変わらずかわいらしい天使でした。はあ……癒される……。

「うん、もう大丈夫!寝過ぎて腰痛いくらいだから」
「……そっか、良かった!」
「腰痛いならマッサージしてやろっか?」
「いや山本のは痛いから遠慮する」
「そんなに痛えかなー?」

この前お言葉に甘えたときはもう全力で後悔したからね!山本の手はプロの手だよいろんな意味で。



「私はただ……拒絶しただけ、だよ。あそこにいた、私以外の全員を」
「拒絶……?」
「……死って重たいんだね。もう記憶は曖昧になってきてるけど、でも、忘れられない」

私の言葉に眉を寄せる二人。
その表情の裏で何を考えているのかなんて、私にはわからない。

「でも、うじうじ悩んでたってアレだし、もう吹っ切るつもり」
「……出来るのか?俺は、自分が殺した人間のことを悔やんで、自滅していった人間を何人も見てきたぞ」
「だろうね」
「光は普通の子供なんだ。無理しなくても……」
「じゃあ、私がこれからずっと引きこもりになって、そのうち首つり自殺とかしてもいいの?」

二人が黙り込む。

「私はやだよ、みんなと一緒にいられないなら……此処にいる意味、無いし」

それにこれは、ずっとずっと考えてたことだし、もう決めたこと。
ちょっと、考え方を変えてみればいい。

「彼らはツナを誘拐しようとした。私はそれを防いだだけ。……それだけだよ」

それが私の、私の守り方。




目の前で騒ぐ三人を眺めて、私はやっぱり生きていて良かったと思った。
まだまだ原作の半分も行ってないのに、死んでたまるか。
原作に関わらない場所で彼らに降りかかる火の粉は、私がすべて拒絶すればいい。自分と、ツナ達以外を、拒絶すればいい。

「……光?やっぱりまだ安静にしてた方がいいんじゃ、」
「え?いやいや大丈夫だって!来週からは学校も行くし」

大丈夫。
私がツナ達を拒絶するなんて、有り得ないから。

 
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