拝啓、元の世界にいる家族の皆さん。お元気ですか?私は元気です。
誘拐されてますけど。

(……息苦しい)

人生初の誘拐を、まさか異世界で体験するとは思ってもみなかった。
まあ私はごく普通な一般家庭の子供なのだし、おそらく元の世界でずっと過ごしていたとして、誘拐される可能性は限りなくゼロに近いと思うんだけど。

とにかく、今問題にすべきはこの状況だ。
サングラスに黒のスーツを着た、イタリア語を話す強面の男性たち。多分とかじゃなくて、確実にマのつく自由業の方々でしょうそうでしょう。手には拳銃が握られているのだし。それだけでマのつく自由業な方々と決めつけるのもなんかあれだけども……この世界、だし。
そして私の手足には頑丈な鉄枷、いわゆる手錠がつけられている。口にはタオルを噛まされ、頭の後ろで結ばれたそれのせいでもごもごと唸ることしかできない。

そして、一番の問題は。

「Non pensi il metodo di fuga. Tsunayoshi Sawada」
――逃げようと思うなよ、沢田綱吉。

……何を思ってか、この人たちが私のことを、ツナと勘違いしていること。
何でこうなったし。ていうか私見た目ちゃんと女だよね?綱吉って明らかに男の名前じゃん……何で私をツナだと思うんだ……。
確かに今日の私服は女の子っぽくないけど!

銃をかまえる男に、抵抗する気にもならない。
私にはそんな力がないし、けれどとにかく、こいつらが私をツナだと勘違いしてくれたおかげで、ツナは危険な目に遭わずにすんだんだ。
そう思うと、少しだけ安堵できた。


――…


……遅え。

アパートの一室で、獄寺はいらいらしながら時計をにらみつけていた。
光が買い物に行ったのはもう二時間も前の話。今まで光が買い物にそこまでの時間をかけたことはなかったし、何よりいつも「女の子って何であんなに買い物に時間かかるのかなー」と疑問を抱いているような女だ。
そんな彼女が、たかが晩ご飯の買い物にここまでの時間を要するとは考えにくい。
空腹を訴え始めたお腹に、冷凍庫に残っていたアイスを詰め込む。キンと頭に冷たくひびくそれと同時に、自身の背筋を何かがぞくっと這っていくような寒気が、獄寺を襲った。

「何、だ……?」

言いようのない不安感に、つと冷や汗が頬を伝う。

もう、二時間半も経った。外は暗く、歩く人もまばらになり始めている。
何かを考えつくよりも早く、獄寺の足は玄関へと向かっていた。途中、光から連絡が来ても大丈夫なように、机の上の携帯を掴んで。

――急がなきゃいけねえ、気がする。

スニーカーを履く時間すらもどかしい。
獄寺はアパートのドアを突き破るように勢いよく開け、光が向かったはずであるスーパーへと走り出した。走る最中、何度も光の携帯へコールする。しかしすぐに留守電になるそれに、イライラとしながら再度ボタンをプッシュした。
不安が現実になっていく感覚に、きつく唇を噛む。



俺たちはマフィアだ。
仲間の誰かが突然消える。別のファミリーに誘拐される。消される。そんなことは当然の世界で、きっといつか、慣れなくてはいけないこと。

「獄寺ーご飯できたよー」

でも、俺たちはまだ中学生で。
あいつも、どんなに大人びていたって、まだ、俺たちと同じ中学生で。

「はーやっとくーん、宿題手伝ってー?」

光が突然消えるだとか、そんなことを考えたくない。
諦めたくない。慣れたくない。

「獄寺は、いなくちゃいけない存在だよ」
「みんなにとっても……、私にとっても」


光に何があったのかなんてわからない。
手がかりも何もないし、第一、光に何かがあったって確証も、まだ無い。
もしかしたらどっかで寄り道してるだけかもしれねえ。それなら、それでいい。
でも、嫌な予感はどんなに振り切るように走っても拭いきれなかった。


「隼人はいい右腕になるよ、絶対」



獄寺が走る道中にも、途中の公園にも、スーパーの付近にも店内にも、光の姿は無かった。
スーパーの自転車置き場に残されていた、買い物袋が入ったままの光の自転車を見て、獄寺は息を呑む。

「……っ光……!」

光の身に何かが起きたのは、明白だった。

 
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