午後八時過ぎ。最近暖かくなってきたとはいえ、夜になるとまだまだ寒い。
そんな季節の変わり目には、風邪を引きやすいもので。

今、風邪を引いた山本の部屋にいます。


学校が終わってからツナと獄寺と三人でお見舞いに来たんだけど、ツナは一時間ほどして申し訳なさそうな顔をしたまま帰って行った。
起きない山本に、私はそのまま残ることを決めて、私が残るならと獄寺も残ることに。
部屋には私と獄寺、眠っている山本の三人が残っていて、外で吹いている風が窓を揺らしていた。

「何で帰らなかったんだよ。帰っていいっつってただろ」

不機嫌そうな獄寺に問われて、きょとんと獄寺を見上げる。
布団で眠っている山本を挟んで出入り口側にあぐらをかいて座っている獄寺は、腕を組んでため息を吐いていた。
確かに、おじさんには帰っていいよって言ってもらったけど。

「山本が起きたとき、一緒にいてあげたいじゃん」

へらりと笑って、当然のように答えた。
風邪を引いたときってなんだか人恋しくなるし、ひとりぼっちがすごく寂しく感じるんだよね。
それが山本にも当てはまるのかどうかって言ったら、山本が私と会ってから風邪引いたのは初めてだからわからないけど、でも結構な人がそうだと思う。だから、山本が起きるまではここにいたい。

私の返事に、獄寺は小さく舌打ちをして顔をしかめた。
その意味は私にはわからないけど、まあ獄寺っていつも眉間に皺寄ってるしそんなもんだよねえと苦笑しておく。

「でも晩ご飯遅くなるなあ」
「別に……構わねーけど」
「じゃあ帰り、一緒にスーパー寄ってね」
「オムライスな」
「まじで」

オムライスの卵巻くの苦手だから頑張らなきゃな……うむむ。
目を細めて、わかったと苦笑気味に頷けば、満足げな獄寺の顔。不機嫌なのはいくらか直ったらしい。

ふと視線を落とすと、ぐるりと寝返りをうった山本がこっちを向いていた。
横を向いたせいで落ちた、額に乗せていたタオルを拾おうと手を伸ばせば、その手をぱしりと取られる。
あれっ起きたのかな。起こしちゃったんだったら、悪いことをしたなあ。

「山本?」

そっと名前を呼んでみる。
うっすら目を開いた山本の目は虚ろで、どこを見てるのかよくわからない。
一瞬、目が合ったような気がしたと思えば、くいっと掴まれたままの腕を引っ張られた。

「うぉわっ」
「ちょっおい!」

ぼすっ、と。
山本の上に倒れちゃった私は慌てて避けようと床にあいている方の手をついた。これじゃまるで私が山本を襲ってるみたいだ、そう思った瞬間に顔が熱くなる。
離れようとしたのに、山本の手が私の背中に回った。熱をもった山本の体温が、直に伝わってくる。
お互いの心臓が、早鐘を打っていた。

「かあ…さ……、?」

ぽつりと呟いた山本の言葉に、ぴくりと一瞬震えて、動きを止めた。
私と山本をどうにか引き剥がそうといろいろ言っている獄寺に、自分の口の前に人差し指を立てて、しーっと静かにするよう訴える。
ぐ、と言葉に詰まった獄寺に笑みを向けてから、山本の頭をゆっくりと撫でた。
私が身体を起こせば、山本も私を抱きしめたまま半身を起こす。ぽんぽんと一定のリズムで山本の背中を弱く叩いていたら、山本はまた小さな声で呟いた。

「あ、ったけえ……」
「、……」

ぎゅう、と私にしがみつく力が強くなる。

山本のお母さんのことは何も知らないけど、この家におじさんと山本の二人しかいないことはわかる。
私のことを、お母さんと勘違いしちゃったんだろうか。熱で朦朧としてるだろうから、夢でも見てるのかもしれない。
代わりだなんてものにはならないけれど、そうっと山本を抱き締めて、耳元で小さく囁いた。

「大丈夫だよ、武。私はここにいるから。安心して」
「ん……さんきゅ、光……」

……安心、したのかな。
私の名前を呟いた後にぱたりと力を失うと、山本からはまたすうすうと静かな寝息が聞こえてきた。
そっと布団に横たわらせて、布団をかけ直す。

ふと顔を上げれば獄寺が極限まで眉間に皺を寄せていて、思わず冷や汗が流れた。
何か言った方がいいのかな、何でそんな怒ってるんだろう。とりあえず口を開こうとしたけれど、遮るように襖ががらりと開けられる。
向こうには、おじさんが立っていた。

「あとは俺が看とくから、もう帰っていいよ。遅くまですまなかったねえ、ありがとう」

そう言うおじさんに、あまり遅くまでいすぎてもかえって悪いかもしれないと思って帰り支度をする。
早鐘を打っていた心臓はおどろくほど静かになっていて、照れっていうよりはどこか安心感のようなものを感じていた。
その理由は、わからない。

でも、良い夢を見ているのか幸せそうに微笑んでいる山本を見れば、何でも良いやって思えた。


――…


翌日。
すっかり元気になった山本は明るい笑顔で登校していて、おはようと近寄れば私の頭をぐっしゃぐしゃになるまで撫でられる。
昨日はお見舞いさんきゅーな!って笑う山本は、私に抱き付いたことを覚えてないみたいで、やっぱり夢現だったんだなあと思う私の隣で獄寺はどことなく不愉快そうだった。

その後も朝礼が始まるまで、並盛トリオと私の四人で話をしていた。
ふと私が会話の流れで山本のことを呼ぶと、山本はキョトンと目を丸くする。

「あれ、光。もう俺のこと武って呼んでくんねーのか?」
「えっ」
「!てっめ、何言ってんだ野球馬鹿!」
「光……いつ山本のこと名前で呼んだの?」
「俺はずっと武って呼んで欲しいのなー」

にこにこと笑う山本は、もしかしたら昨日のことを覚えているのかもしれない。
とりあえず、山本の名前を呼んだのはその場のノリなだけなので、私は曖昧に笑いながらどう返答しようか悩むのだった。

 
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