3月。暖かい時間も少しずつだけど増えてきた、そんなある日の朝。
大きな音を立てて、私の手から白のカップが滑り落ちた。王冠の描かれていたカップが、割れる。

「っどうした光!」

音に反応して、リビングから獄寺が走ってくる。
でもそんなこと気にしてらんなくて、私はただ、目の前の現実を、受け入れられないでいた。
そんな、だって、こんなことって。

「……なにカップ落として……怪我はねえのか?」

いやに心配そうな獄寺の声が、耳を揺らした。
ゆっくりと、壊れた人形みたいに首を回して獄寺に顔を向ければ、心配そうな、不思議そうな獄寺の顔が目に写る。
小さく震える私の唇に気付いて、獄寺が私に、手を伸ばした。

「光、」
「獄寺、どうしよう、」

ぴくりと止まった獄寺の手を左手で掴んで、涙すら浮かんできそうな眼差しで、私の悲しみを、言葉に。


「コーヒー豆……きれちゃった」


獄寺は目をまあるく、大きく見開いて、ただ一言呟いた。

「……は?」


――…


私の心は弱いんです。
ええそれはもう、毎朝飲んでるコーヒーの豆が切れたくらいでぽっきり折れてしまうくらいに。ほら誰かが言ってたじゃん、ドSの心は繊細でガラスのハートなんだって!いや私ドSじゃないけど!

そんなわけで「いや……買いに行けよ」と獄寺くんにつっこまれてしまった私は、自転車をとばして商店街の珈琲店へと向かっていた。
この世界に来てから、私はその店の常連だ。豆の種類もさることながら、店長さんが良い人で!たまにナンパっぽいのされるけど!しょっちゅういろいろオマケしてくれたり豆知識教えてくれたりするから、コーヒー関連商品をそこ以外で買う気にはならない。
あとバイトのお姉さんが可愛いんだよ……。

「こんにちはー」
「お、いらっしゃいおちびちゃん。今日も可愛いな」
「その呼び方やめてくれません?紅鳶さん」

店の外に自転車を停めて、店内に入る。
いたずらっぽい笑みを浮かべて迎えてくれた店長の紅鳶さんに笑みを返して、棚に並べられたコーヒー豆の内ひとつに手を伸ばした。
ついでに、割れてしまったカップの代わりになるカップも買うことにする。
ちなみに私が割ったカップは獄寺が片してくれている。いいからおまえは早くコーヒー豆買いに行け、って言ってくれた瞬間には私獄寺みたいな人と結婚するわ……と心から思った。獄寺はいい旦那になるよ、うん。多分。
でも若干呆れ気味の顔をしていた気もするんだよね……。

「カップなら、これ、おすすめですよ」
「わ、かわいい!ティアラのマークですね」

バイトのお姉さん――若草さんがにこりと微笑みながら差し出してくれたカップ。白地で大きめのそれは、さっき割ってしまったカップを彷彿とさせるデザインだ。肌触りも滑らかで、とても良い。

「じゃあ、これにします。紅鳶さん、これとこのカップください」
「了解。陽子、包んどいて。おまけにこっちの豆もつけとくな、光ちゃん。今期のイチ押し」
「ありがとうございます!」

さすが紅鳶さん!と心の中でガッツポーズをしてから、財布を出してお会計。
若草さんからコーヒー豆とカップの入った紙袋を受け取って、二人に挨拶をしてから店の外に出た。
……訂正、出ようとした。

「ちゃおっス、光」
「おやおや……」

リボーン……じゃありませんか……。
思わず黙り込んでしまった私なんて気にも留めずに、今し方店内に入ってきたばかりのリボーンは、目的らしいコーヒー豆を手に取るとちゃっちゃと会計を済ませてまた私のところに戻ってくる。素早いなこの子。
そしてナチュラルに若草さんを口説いていた。さすがリボーンと言うべきか。

「よし光、行くぞ」
「あれっ、同行決定済み?」
「当然だろ」

当然じゃねえ、とはもちろん言えない。
ほんの数秒頭を抱える暇すらもなく、さっさと外に出て私の自転車のカゴに入ってしまったリボーンに溜息を吐く。

「振り回されてんなあ」
「五十嵐さん頑張れ……」

けらけら笑う紅鳶さんの声と、苦笑混じりの若草さんの声に見送られて、店外に出る。
とりあえず、少し帰るのが遅くなりそうだって獄寺にメールをしておこう……。

 
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