もう三月もすぐそことはいえ、まだまだ寒い放課後。
教室に残ってるのは俺と光だけで、夕方の赤い太陽に照らされる教室に二人きりっていうのが、なんだか恥ずかしい気分になった。
だけど、嬉しさも感じるのは何でなんだろう。

「ツナ、日誌書けた?」
「え?あっ、ごめん、まだ」
「急がなくてもいいよー、どうせ今日は獄寺いないから暇だしね」

にこにこと笑う光は、日直の仕事を任された俺が日誌を書き終わるのを待ってくれている。
今頃グラウンドでは山本が部活に精を出してるんだろう。遠くから元気な声が聞こえた。
そして光の言うとおり、今日は獄寺君がいない。だからこそ今、光と2人きりなわけで。
定期的にダイナマイトを仕入れに行く獄寺君は、俺に「二日もの間、ご一緒することが出来なくて申し訳ありません!」と謝罪の言葉を伝えてくれた。正直なとこ、嵐のような獄寺君がいないと平和だから、ずっとは嫌だけど……たまにいないくらいならありがたいとも思う。……本人にそんなこと知られたら、泣かれそうだけど。

なんとか書き終えた日誌をぱたんと閉じたら、お疲れ、と光が笑みを向けてくれた。
京子ちゃんともハルとも、違う。どこか大人びた、安心感を与えてくれるような、そんな笑顔。

「ありがとう、光。待っててくれて」
「いえいえ」

光はちらりと窓の向こうに目線を向けて、また俺を瞳に映す。

いつも、光は笑ってる。
そんな光は、きっと俺の周りにいる人たちの中では一番普通で、でも、一番わからない人でもあった。
何を考えてるか、とかじゃなくて。俺は、俺たちは、光のことを全然知らないんだ。

光が話す、彼女自身のことにはいつも小さな違和感を覚えていた。
一瞬だけ見せる、悲しいともつかない……困ったような、そんな顔。嘘を言ってるわけではない、でも、本当のことも言ってないような気がする。
名前とか誕生日とか、そういうことはもちろん知っているけど、光はあまり自分のことを話したがらない。
それとなく話を別の方向に持って行くのは、さすがに俺でもわかった。

その理由を訊いたとしても、きっと光ははぐらかすだろう。
光はいつも、俺たちから一歩も二歩も離れたところで俺たちを見守っている。俺が近づいても、気付かれないようにそっと離れている。
きっと、自分でさえも気付かないうちに、無意識に。

「どうする?ツナ。山本の部活が終わるの、待とっか」

光はイスから立ち上がって窓を開け、グラウンドの方を眺める。俺も光の隣に立ち、光の見ている方を眺めた。
俺たちに気付いたらしい山本が、ぶんぶんと手を振っているのが見える。二人で一緒に手を振り返せば、一瞬山本の手が止まって、また振った。
その違和感に気付くより先に、光が俺の方を向いて微笑む。

「やっぱり待とっか。この三人ってのも珍しいメンバーだしね」
「うん、そうだね」

そうと決まったらグラウンドで野球部見学しよっか!なんて笑顔でマフラーを巻き始める光に苦笑して、俺も鞄からマフラーを取り出した。


光が俺たちに気付かれないように、そっと、ゆっくり離れていくのなら。
俺たちは……俺は、光に気付かれないようにそっと、少しずつ近付いていこう。そして隣に立てたら、もう離れないように、強く手を握りしめて。

どうしてだろう。
光と離れるのは嫌なんだ。光がどこかに行くなんて、考えたくない。
考えたくないのに、こうやって曖昧な笑顔を浮かべる光を見ると、いつか俺の前からいなくなってしまうんじゃないかって、思えて。

だから。

「行こっ!光」
「ん?……うん!」

俺が差し出した手に、優しいその手を、光が重ねてくれるなら。
ずっと、この手を離さないから。

 
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