行きはまだ良かったんだよ、行きは。
もう獄寺の服の裾握りしめて獄寺の背中ばっか見てたら何にもアレだからね、聞こえないし見えないしみたいな、ね。
でもお堂に着いたら馬鹿みたいに怖くて、紙に名前を書く時なんて字がミミズレベル……いやそれ以下になった。
多分あれ、誰も解読できないと思う。私も読めなかったし。

んで、もうそのお堂で私のビビリメーターはマックス振り切って壊れちゃったわけでして。
風で木々ががさがさっとか鳴っただけでもう今にも死にそう。
オワタ、ってこういう時に使うんだね。

「ひぎゃあああ」
「おいバカッ」
「無理ぃぃい」
「勝手に走んじゃねぇえ!」

突然、右側の方でバサバサッ!て勢いよく何かが飛んでった。
なにこのナイスタイミング死ぬわ。

獄寺をほっぽって猛ダッシュで森の中を駆け抜ける。
私を追いかけようと獄寺も走りだしたけど、私がめちゃくちゃに走るせいで追いつけない。ごめん獄寺、今の私理性ないからあああ!


――…


「オイッ、光!」

俺の声を聞こうともせず、光は森の中に消えてってしまった。
頭を抱えながら、あいつこんなキャラだったか?と今までの記憶を手繰り寄せる。
……いや、違うな。

どっちかというと光は「おばけなにそれ食えるの」的な、超常現象の類はまったくもって信じない、意に介さないタイプかと思っていた。
だからこの状況は俺にとってはまったくの予想外で。

光は幽霊の類は苦手。
その事実をしっかりと頭に叩き込んでから、俺はため息をひとつ吐いて、光を見つけるために地を蹴った。


森の中は薄暗く、さっきまでは申し訳程度の灯りが等間隔で道標に置かれていたのに、この道には灯り一つなかった。
つまり、正規のルートから逸れている。
懐中電灯に照らされる光の足跡から、ここをあいつが通ったことは確かなんだが。

「光、聞こえてんなら返事しやがれ!」

深く息を吸って叫ぶも、辺りはしんと静まりかえったまま。
何やってんだよあいつ。

「……チッ」

光を見つけてさっさと帰らねぇと、十代目が心配なさるだろうが。見つけたら女だろうが容赦しねぇ、一発殴ってやる。
そう心の中で決意し、一旦止めた足を再び動かす。

懐中電灯が照らす道は、どんどん荒れ始めていた。

「ーっ」
「!?、光!」

遠く。かすかに、光の叫び声が聞こえた。

それが聞こえた方向に走り出しながら、光の名前を呼ぶ。
また鳥か動物か風か、そのどれかで木や草が鳴らした音にびびっての叫び声だろうが、それは等間隔に、森の中を響き続けている。
2回、3回、4回目で、光の叫び声は止んだ。

「……、おい…」
「ひっ、あ」

木の枝を、草を、掻き分け進んだ先で、光はうずくまっていた。
両手で耳を押さえて、目蓋をぎゅっと強く閉じて。後ろから近付けば、光は瞳に涙をいっぱいに溜めて、その潤んだ瞳に俺を映した。
声は出ないものの、唇がわずかに動く。俺の名前を、呼ばれた、気がした。

「っ光、」
「ごく、でら、」
「……大丈夫、か?」

明らかに大丈夫じゃない。
確かに光が幽霊とかにびびってんのは予想外で、今後それをネタにしてやろうと思っていたのだ……けど。
ここまでとは。

うずくまったままの光に合わせてしゃがみ、今度は、「もう大丈夫だ」と呟いた。

改めて、こいつはただの、普通の女なのだと実感した。
なんの力も無い、ちょっと大人びただけの、普通の女だと。

「こ、怖かっ……、ごめ、うあ、う」

ふと気付いた時にはもう、光を抱き寄せていた。地面に膝をついて、右手を光の頭に、左手を背中に回し、きつく。
ひゅっと息を呑む音が聞こえて、言葉にならない光の言葉が、吐息となって口から漏れた。

「泣くんじゃねぇよ。俺が、お前を守ってやっから」
「、……」
「光に恐ぇ思いをさせる奴は、俺が全部果たしてやる、から。だから、泣くな」
「……幽霊に物理攻撃は…効かないと思う……」
「るせ、ダイナマイトはほのおタイプだ。ゴーストにほのおはちゃんと効くっての」
「どちらかというとじばくとかのノーマルタイプじゃね……?あとゴーストタイプに効くのはエスパータイプかと……」
「俺が効くっつったら効くんだよ!!」

右手で光の髪をぐしゃぐしゃにしながら言えば、光は少しの間黙り込んで、そして、俺の背中に片手を回した。

「ぷっ……はは、てか、何でポケモン?」
「……やっと笑った」

質問には答えずに、どこか安堵を感じながら呟けば、目前の光はきょとんと俺の目を覗き込んできた。
そしてまた数秒の間の後へらりと頬を緩め、さっき俺がしたみたいに髪の毛をぐしゃぐしゃにされる。

「ありがと、獄寺。ごめん、パニクった」
「……もう勝手に走り出すんじゃねぇぞ」
「うん」

一瞬、ぎゅうと首に両腕を回して優しく抱きしめられ、そのすぐ後に光の身体は俺から離れていった。
じんわりとした優しい体温が急に離れていったことに、何故かむなしさのようなものを感じながら、立ち上がった光の隣に俺も立ち上がる。
光は、俺の手をなんの躊躇もなくしっかりと握りしめ、笑った。

「それじゃ先頭よろしく、ほのおタイプの獄寺さん!」
「さんとか付けんじゃねえよ気持ち悪ぃ」

俺も、光の手が離れないように少し強めの力でその手を握り返して、十代目がお待ちしている広場へと、歩き出した。


……まあ当然、光がめちゃくちゃに走りまくった所為で、迷いに迷った挙げ句広場についたのは9時も過ぎた頃だったのだが。

 
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